とにかく小中学生(15歳まで)は、勉強は手作業で。しっかり書くこと。
スマホ、タブレット、ゲームなどの「眺めて微反応」だけの機器はなるべく遠ざけること。
ゲームというのは、小学生くらいまでは友達との交流や反射神経を刺激する「遊び」たりうるけれども、
一定レベル以上の思考力が育った後、つまりは中学生くらいになった後からは、「依存」の要素が強くなります。
「遊び」として許容できる時期と、「依存」を警戒しなければならない時期とは、くっきり分かれる(違う)ということです。
しっかり区別すること。でないと、子供のその先(将来)が台無しになりかねません。
タブレットでは、脳を育てるほどの刺激は得られません。眺めて指で触れる程度。デジタルペンを使っても、ツルツルの画面内の情報を眺めるだけという状態は変わらず、
指先でペンを握って、感触のある紙に書き込んで、しかも筆圧とか力の強弱でダイレクトに筆感が変わるという脳刺激のバリエーションには、到底及びません。
脳を育てるには、一定レベル以上の刺激、それも五官を使って、しかも一つの器官(視覚や聴覚)のみではなくて、複数の感覚器官を同時に刺激するほうが、はるかに効果的なのです。
ひとことでいうと、ラクをさせてはいけないよ、ということです。これは親に向けてのメッセージ。
便利だからとか、連絡を取りやすいからとか、周りがみんな持っているから程度の理由で、ホイホイと安易に与えたが最後、
「遊び」に引きずり込まれて抜け出せなくなる危険が高いのです。
五官を通して、脳を育てて、将来、どんな働きを果たして身を立てていくかを考える、そのための準備を、何年もかけてやらねばならない貴重な期間です。
大人以上に時間(何をして過ごすか)が決定的な意味を持つのが、十代の子供たち。安易にスマホを与えるべきではないし、ゲームなどへの耽溺・依存(長時間のを許容すべきでもないと個人的には思います。
必ずルールを作ること。時間に上限を決めること。有限の時間を何に使うか、きちんと決めて管理すること。
親が力を発揮しないで、子供だけで自分を管理できるはずはないのです。自分のあり方を客観視する力も育っていないし、将来もまだ見えていない。「やりたいようにやらせる」ことは、正解には(ほぼ確実に)なりません。
1)中学生まではスマホを与えないこと(失うもののほうが多いし、必要性が乏しいため)。
2)もしどうしても欲しいというなら、何に使うのか、必要性をきちんと聞いて、「ならば一度バイトして、スマホの機種代と通信費を稼いでおいで」と伝えること。
バイトできるのは高校生からだから、原則として「スマホは高校生から」。つまり中学生までは与えない。高校生になって、本人が「どうしても」というなら、スマホを持つことも検討する。
ただし、子供の日頃のあり方を見て決める。将来への準備につながることをやっていない様子なら、スマホは許可しない。
「今でさえ自分をコントロールできず、将来への準備もできていないのに、スマホなんか持ったら、もっとダメになる決まっているでしょう(そうでないとどうやって言えるの)?」と伝えていいのでは?
バイトまたは家事をする。きちんと時給計算して、働いて稼ぐとはどういうことかを体験してもらう。
「自分で稼いだお金を失う」ことを体験して初めて、お金・時間の使い方を考えるようになるのです。
3)自分で稼いだお金でスマホを買うというなら、まずは1か月のお試し。それをクリアできたら、3か月に延長して、様子を見る。
4)自分を管理できることが確認できたなら、「将来への応援」として親が負担するは可(ただし親がお金を出す以上は、親の観察下に置くことは了承してもらう)。
これくらい、きちんと段階を経て、ただの遊びや依存ではなく、日常で使う道具として使いこなせるように促していくのです。
こういうのは、厳しいのではなく、当たり前のこと。「手を伸ばせば、いじれてしまう」至近距離に、これほど洗練された「おもちゃ」があることが、子供の脳と未来にとって、どれほどのリスクか、親はしっかり自覚しないと。
時間の使い方を学習することも、子供時代になすべきこと。自分の将来をも考えて、バランスの取れた生活ができるようになることも、子供にとって大事なこと。
そうした部分が守れないうちは、絶対に「与えない」こと。
「与えない」という選択ができるのは、親が親でいられる間のみです。親の特権。堂々と行使することです。
子供が何を訴えても、買い与えるのはまだ親なのだから、親が「与えない」ことを選んだならば、子供は何も言えないのですよ。「まだ言えない」現実を体験することもまた、どれほど大事か。
「親の選択に不満を持つなら、大人になって自分で稼ぎなさい(そのための準備には最大限応援するよ)」という当たり前のことを伝えるだけです。
安易に与える親が多すぎます。
結果的に子供を弱くし、将来の可能性さえ掘り崩している。
そう感じませんか?
真剣に、考えてみてください。