MCの男が「いつまで続くんでしょう?」。気象予報士は「さあ」と笑ってごまかす。昼間は日陰に入れとか、冷たいものを握れとか、うわっつらの暑さ対策で尺を稼いでいる。
原因も対策も突き詰めて考えない こういう大人にはなってほしくない
年々、気温は上昇して、制御しきれなくなりつつある。いや、すでに制御しうる臨界点を超えている。
せめてこの世界の美しさがわかる自分のままでいよう
草薙龍瞬(出家・著述家)の言葉をお届けするブログです。著作・講座・講演等から ‶生き方として役立つ言葉” を抜粋してお届けしています。*毎週日曜の更新です。*講座最新スケジュールは公式サイト kusanagiryushun.blogspot.com へ
朝9時過ぎ、米子駅発の妖怪列車に乗り込む。駅の階段はねずみ男で、列車はねこ娘。ホームにも鬼太郎と一つ目小僧をはじめとするオブジェが並ぶ。しょっぱなから水木ワールド全開だ。夏休みということもあって、車内は子供連れがいっぱい。
てっきり妖怪に飽きた地元の人かと思っていた。なぜあそこまで化粧に入れ込む必要があったのか? 妖怪級の謎といえなくもない――。
いよいよ到着 水木しげる記念館
<おしらせ>
10月26日(日)18:00~22:00
個人相談会 東京・新宿
11月1日(土)18:00~21:30
座禅会 東京・神楽坂
11月2日(日)18:00~21:30
生き方として学ぶ仏教講座特別編
仏教で思い出そう「あの日の幸福」を 特製オリジナル資料つき
◇◇◇◇◇
日本全国行脚2025
山口仙崎・金子みすゞ記念館
翌8月3日は、朝の列車で仙崎に向かった。宿でゆっくりしたくもあったが、便が少ないので朝イチの列車に合わせるほかない。浦部からは代行バス。見知らぬ山道や海岸沿いを走る至福の時。長門市駅まで運んでもらって、そこから仙崎まで一駅。
金子みすゞ美術館へ。みすゞ(本名テル)は幼い頃から想像力が傑出していた。ひときわ弱者への共感があった。光の裏にある陰を見る。嬌声の背後に隠れた寂しさを想う――この感受性は、どんなきっかけで育っていったのだろう。3歳の時に実父が亡くなったことも影響したのだろうか。
両親はここ仙崎で書店(金子文英堂)を経営。本が、みすゞの感性と思索を育てたか。当時は多くなかった女学校への進学組。片道40分かかる登下校の道を、一人で物語を空想しながら歩いたそうだ。
卒業後は、下関で暮らす母のもとへ(母親はみすゞが16歳の時に再婚して下関に出ていた )。みすゞは、義父が経営する書店(上山文英堂)を手伝う。
当時の下関は、海の幸を全国に送り出す港町で、不夜城とも称される賑わいを誇っていたという。
“都会”の華やぎに創作意欲を刺激されたところもあったのか、二十歳を過ぎて“みすゞ”名で童謡詞を投稿し始める。幼い頃に養子に出された実弟と、弟とは知らずに“友情”(おそらく一部恋心)を育み始めたのも、この頃からだった。
書店に奉公として入ってきた男と見合い結婚。だがこの男が慢と怠惰の生き物で、みすゞの人生は暗転する。家父長制のもと、どんなに自堕落で乱暴な男であっても、家の権力を握ることができた時代だ。当時の女性にとって、家を出て自立することは、どれほど困難だったことか。しかもみすゞのような感受性が強く聡明な女性にとって、田舎のダメ男と夫婦生活を続けることなど、極限の拷問にも等しかっただろう。
JR門司駅から博多まで。地下鉄で天神まで行って、じょいふるで朝食(船の中で一風呂浴びればよかった)。2階クーラーが故障中とかで一階だけ。徹夜明けらしき若い男女が上機嫌で歌を歌い始めて、店員の老婦人に叱られている。いや、元気だ、頼もしい(笑)。
昼過ぎまでお世話になって、歩いて会場施設へ。
はて何人来てくれるか、でも一人でも来る人がいるなら続けなければという思いで、東京ではやってきた。東京から博多まで足を運んで参加者数名というのはいささか残念と思っていたが、予想以上に多くの人が来てくれた。普通の規模の勉強会になった。
<おしらせ> 十代の子を持つ親の育て方&生き方学習会 千葉県野田市
子育て&子供との関わり方について考えます。
8月16日(土)13時から 参加希望の方は<申し込みフォーム>まで。
2025年7月末
この季節になると、多くの人たちと同様に、「人類は滅びるのではないか」という懸念がよぎり始める。それくらいの猛暑だ。
今は、茹でガエル現象の途中。そのうち大気が沸騰して、水が枯渇し、農作物が枯れ、何十億人もの人間が、熱死するか餓死する。
それくらいの温暖化が顕著に進んでいるのに、奇妙なことに、誰も文明のシステムを見直そうとしなくなったように見える。人の価値観も行動様式も、気候変動が始まる前と変わらない。むしろ退化したかもしれない。大量消費と廃棄と炭素排出。まるで何も問題が起きていないかのように、人々は環境の変動に無関心になった。ひと昔まえのほうが「このままでは危うい」という警告のシグナルが強く点灯していた気がする。
マクロで見れば、気候変動に取り組もうという国際的機運は、ほぼ消失した感がある。どこを見ても、戦争か武力衝突。ばかすかミサイルを撃ち込んで、破壊だけでなく、その分大量に酸素を消費し、炭素を大量に排出し続ける。ウクライナ戦争だけでも排出量は爆上がり。大気の高温化に拍車をかけているはずだが、気にかけるという発想さえ枯れつつある気もする。
こんな世界が、あと百年と続くと、誰が楽観できるだろう。
外の環境に関心を持たなくなった時が、ひとつの文明の転換期なのかもしれないとふと考えてしまう。
◇
ひるがえって個人的な話題といえば、毎年夏になると、生活のパターンを微調整する。ここからは、人類がまだしばらく続くことを前提とした話。
滅びゆく世界の中でも、個人の生活自体はほとんど変わらない。私もまた能天気な茹でガエルの一匹であるには違いない。
まずは定期券を買う。これは昨年から始めたこと。で、お目当ての場所に通う。電車の中は空調が効いている。快適な読書空間を満喫する(茹でガエルは実に罪深い。結局、自分のことしか考えないし、動こうともしないのだ)。
地上に出る。車窓の外に、夏の青い空が広がっている。
今年の全国行脚、ぼちぼちスタート。皮切りは、大阪の看護専門学校での3日連続講義。
完全徹夜で大阪入りして、翌朝8時に車で運んでもらって、午前は3年生。午後は1年生。
「患者目線で向き合う」が、最初の約束。
だから、だらしない姿を見せた時は、遠慮なく喝を入れさせてもらう。今回は2回ほど。
今年の講義は、中身もガチ・モードだった。救急救命時の気管挿管の判断という、これは1年でやったことの復習。某薬剤の検証も。
いくつかの資料を見せて、「せめてこれくらいの事実を把握してから判断しなさい」という話。現場の医師も看護師も、学校の先生たちも、ろくに事実を調べず、検証もしていない。
たとえばクラス40人のうち1人でも、歩けなくなったり、最悪死んでしまったりしたときに、親も、医師も、学校も、責任を取れやしない。
取れっこないのだから、最初から無責任なことをするな、言うな、というのである。
「当たれば100%のロシアン・ルーレット」ということを、骨身に沁みて自覚せねばならない。一度失ったら、永久絶対に帰ってこないのだから。未来の可能性も、命も。
他には、くも膜下出血で運び込まれた患者への対応如何と、5歳の女児にアデノイド摘出手術をするかの検討。
きちんと手順に沿って知識・情報を整理して、本人が納得できる結果にたどり着くことが、プロに求められている仕事。そのための技法を伝えるのが、この授業の狙い。
錯綜する情報をどのように整理すればいいか、その視点(いかに理解するか)と、どんな手順で結論を導き出すかという論理的道筋を、伝えることが目的だ。
1年生にも3年生にも、同じ熱量と充実の中味を伝えたつもり・・だが、どれだけその心に残っているかは未知数。
でも今年も、納得のいく講義ができた。自己満足。だが自己満足こそは、教育の基本だ。
3年生は、これでお別れ。せっかく3年間、いい体験をしてきたのだから、一人たりとも落ちないように、と最後にエールを送った。
◇
私はただの坊主に過ぎない。医療・看護の素人にすぎないが、人の命を想う熱と真剣さは尋常を越えたレベルで持っている。
その部分こそがずっと燃やし続けてきたものであり、看護学生に伝えられる最も価値ある部分、つまりは「倫理」であろうと思う。
私が伝えている程度の知識や情報など、プロになった時の彼らには、常識として知っておいてもらわねばならない。私以上に人の痛みを感じ、救うための方法を選び取り、患者の心身の痛みを取り除いて、その日常に戻ってもらう。その手助けをしてもらわねば。
日進月歩の医学・看護の知識も、私以上に通暁して、素人の坊主である私にもはや教えられることはなく、次回は病院にて、弱くなった体をケアしてもらう、おとなしい患者の一人として再会してもらわねばならない。
彼らが進もうとしている道は、仏教とは離れた世界なのだが、人に貢献しようという情熱は共通しているはずだ。
そもそも医学も看護も、患者の苦しみを癒すための技術なのだから、患者目線で納得できるものでなければならないことは当然だ。
ならば、伝えられることもある。
今回は、いずれのクラスにも、よい変化が生まれたような気が(勝手に)している。
しっかり学び続けて、無事合格してもらいたいものだと思う。
◇
授業終了後は即移動して、神戸で企業向けの講演会。終了後はどしゃぶりの中を新神戸駅まで走って、新幹線でいったん帰京。週末2日で次の講義の教材を作って、月曜には奈良、火曜は名古屋、水曜は大阪だ。
いや、忙しい。だが幸せな忙しさだ。いろんな役目を授かっている(そういえば、この3日の間に新聞連載用の絵も描いた笑)。
色とりどりの何枚もの皿を頭の中でめまぐるしく回している思いがするが、これくらい同時進行で廻っているほうが快適なのだ。
遠い昔は、一つの仕事・一つの世界に収まりきれない自分がおかしいのかと思っていた。変わった人間だと実際に言われていた時期もあった。周りに合わせて一つの器に自分を押し込めようとして、頭も心も回らなくなってしまった時代があった。
あの頃の自分と、今の自分は、まったく別人だ。今の自分は生きている。縦横無尽に動いて、持っているものを、存分に活かすことができる。
まさかこんな “仕事” がありうるとは。人生は不思議で面白い。
2025年5月中旬
九州・博多訪問決定
8月 2日 (土曜日)⋅13:30~16:30
勉強会~仏教でこれからの生き方を考える 日本全国行脚2025九州
今年で13年目の草薙龍瞬・夏の日本全国行脚。九州博多を訪問します。参加者からの質問に答える形で内容を構成します。これからの生き方、働き方、夫婦・親子の悩み、子供の進路や学び方など、幅広いテーマを取り上げます。
参加希望者は、①お名前(実名) ②簡単な自己紹介 を koudounosato@gmail.com まで。折り返し当日の会場の場所を含む案内をお送りします。
参加費2000円(※経済的ご負担の大きい方はお気持ちでかまいません)
※子供が同伴する場合は勉強道具・本などを必ずご持参ください)。乳幼児の同伴は歓迎します(途中退室も自由です)。
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今年も夏の日本全国行脚を開催します。
北は北海道、南は沖縄まで――お声かけていただけるところに、草薙龍瞬がうかがいます。
○仏教に触れたい(講座・勉強会・座禅会などを開きたい)
○法事をやってほしい
○個人的に相談したいことがある
など、お気軽にご応募ください。
夏の全国行脚は2013年から。今年で13年目に入ります。
よき夏の思い出作りに、
お一人では解決できない物事を解決するために、
止まっていた人生を前に進めるために、
ぜひご活用下さい。
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<訪問地募集>
期間 7月9日から9月15日まで:
7月9日(水)~21日(月祝) 西日本 近畿・中部・ 山陽・山陰
7月26日(土)~8月3日(日) 四国・九州
8月9日(土)~17日(日) 関東・東北・北海道
8月23日・24日(土・日) 北陸・甲信越
8月30日(土)~9月7日(日) 沖縄
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<確定済みスケジュール>
※スケジュールは、確定次第、公式ブログ内のカレンダーで公開します:
7月9(水)・10(木)・11日(金)
南大阪・看護専門学校特別講義(3日間)
※医療従事者で見学をご希望の方はご連絡ください。詳細をお知らせします。
9月15日(月祝)
愛知・高蔵寺 特別講座 仏教で思い出そう「あの日の幸福」を
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<全国行脚への応募方法>
1)応募のご連絡
下記をメールでご連絡ください:
①お名前
②ご住所
③連絡先(携帯番号)
+
④訪問を希望する場所
※およそでかまいません。「自宅を希望」「〇〇という公共施設の使用を考えています」等)
⑤訪問希望日
※「〇月〇日から〇日までの間」「〇月〇日を希望します」など、およその日程をお知らせください。
⑥応募理由
※「仏教の勉強会を開きたいです」「〇〇について相談したいことがあります」「親族を集めて法事を執り行いたいです」等
※初めて応募する方は、詳しい自己紹介をお願いします(仕事・日頃の生活・課題などなるべく具体的に)。
※勉強会については、会場を手配していただくことになります。告知は興道の里でも行います。
※個人相談をご希望の場合は、相談内容をなるべく具体的にお知らせください。内容をふまえて訪問の可否を検討します(さまざまな用事を調整して最終決定しますので、必ずお応えできるわけではありません。あらかじめご了承ください)。
※①から⑥までの記載が不十分・不明瞭な場合は、返信差し上げておりません。あらかじめご了承ください。
2)興道の里からご連絡
*ご応募内容を興道の里のほうで検討し、お応えできる可能性がある場合は、興道の里事務局から折り返し案内メールを差し上げます。
*全国行脚期間中は、直前のご連絡でも、スケジュール調整が可能であれば対応しています。いつでもご応募ください。
3)訪問日・場所の確定
*ご連絡をいただいてのち、事務局と応募者との間で、訪問場所・日時等の詳細を確定していきます。
*講演・勉強会など公開企画については、公式ブログ内のスケジュールに掲載するとともに、一般向けにも告知いたします。
4)予定日に訪問します
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<その他>
*いずれも真摯な動機・意欲が伝わってくることが条件となります。
*勉強会の内容は、仏教・子育て・働き方・心の健康・十代の生き方&勉強法など、ご希望に応じます。開催規模の大小は問いません。
*個人相談については、相談内容の詳細をお知らせください。内容によっては、ご要望にお応えできない場合がございますので、あらかじめご了承ください。
*勉強会・講演の告知用の文面・タイトルなどは、主催者(応募者)からもご提案いただけます。興道の里もお手伝いしますので、お気軽にご相談ください。
*当日の参加費またはご負担のない範囲のお気持ち等で、交通費・宿泊費を調達します。旅の途中に立ち寄るという形式を取りますので、正規の講演・講座のような一定額のご負担を求めるものではありません。お気軽に、ご負担が過ぎない範囲でご協力ください。
ご応募・お問い合わせは、メールで koudounosato@gmail.com までお寄せください。
お応えできる可能性がある場合は、折り返し詳細を記した案内をお送りします。
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夏の日本全国行脚は、毎年たくさんの出会いと学びを得られる貴重な機会になっています。
お気軽にご応募ください。
充実の夏をめざして
現地でお会いいたしましょう
興道の里・草薙龍瞬
さあ、夏が始まるよ!
(猛暑にだって負けないよ!)
一般公開
2025年5月12日
『反応しない練習』は、ルーマニア、ハンガリーで翻訳出版が決定。なんともニッチな・・ドイツ、スペインに続いてヨーロッパ・ブーム(?)が続いています。
『ブッダを探して』は、東京新聞では2025年2月で連載終了(紙面大幅改訂に伴い/以後は中日新聞のみ)という予定でしたが、
社内会議で、好評につき継続が決まったそうです。
これは異例のこと。よほどのプレゼンス(存在感)を読者の方々が認めてくださったということなのでしょう。ありがたいです。
イラストも引き続きお楽しみください。
ミャンマー編13(来年2月掲載予定)のイラスト
本文は紙面でどうぞ
2024・12・27
日本全国行脚2024年12月3日
山梨・甲府に出立。新宿から信州に向かう特急は意外と混んでいた。
雲一つない冬の青空。車窓の彼方に銀嶺が見える。 この国のいたるところに、こうした見るだけで溶けてしまうような風光明媚があるのだろう。
こんな景色を毎日見られる場所で暮らしたいなと思う。あいにく体は一つだから、一つの場所を選ぶほかなく、他の場所で暮らしたいという願いはかなわない。数多くの美しい景色を求めて旅するように生きるのも一興だが、根を生やす生き方も捨てがたい。こうした二律背反、相矛盾する憧憬は、一生枯れることはないのだろう。いたたまれないが、いたしかたない。夢見ることを快としよう。
あの丘の名前は? 一度立って風の景色を眺めたい
甲府駅で降りて、講演会場まで歩くことにした。旅するほどの余裕はないが、せめて地元の空気を味わいたいからだ。地図で見るよりも実感遠かった。
(※余談だが今はどこの駅も商業ビル化され、駅前も都市化されている。最近訪ねた北千住や水戸もすごいことになっていた。甲府駅前も然り)。
山梨の農業は、シャイン・マスカットの認知度が上がって利益を上げているそうだ。就農人口も少なくない。ただ、冬は皮膚が痛いほどの冷気で、果実の収穫はやはり大変だという。
今日の講演会は、参加者はほとんど女性。50代以上がほとんどで、50歳未満は1割以下。これは全国の就農人口の世代比とほぼ同じ。
司会の方に紹介してもらった後、「私の本を読んでくださった方、どれくらいいますか?」と訊くと、手が挙がった気配がないので、「ほとんどの人が読んでくださっているのですね、ありがとうございます(笑)」。
なぜ歳を取ると時間が経つのが早く感じるのかという話に始まって、業の話へ。初めて聞く人には、衝撃でもあり、身につまされる話でもあるらしい。会場によっては笑いが起こるが、今回はみなさん真面目に受け止めた印象。こういうときは、たいてい終わった後に、思い当たった人が感想を言いにきたり質問しにきたりするのだが、今回もそうだった。
農家の高齢化は全国的に進んでいる。あと十年経ったら、放棄地も激増するだろう。ここ数年、旅をしながら、この美しい景色がいつまで続くのだろうと、自分が見届けられない未来のことを心配している。
帰りは身延線に乗った。ローカル列車で終着の富士駅まで4時間以上かかるが、地元の人たちと同じ景色を眺めたい。途中、市川大門駅を通る。学生時代に夏の花火大会を見に行った場所。20代にも仕事仲間と車で来たことがあった。
路線後半はガラガラ。だがこの身延線、ちょうど斜面をくだって平野に出る時に、富士宮の街並みを一望できるスポットがある。その景色を久々に見たかったのだが、無事成就した。
旅ともいえない旅だったが、景色と人の姿を見ることはできた。もうひとつは、独りきりの純粋な時間。何者でもない空白の時間。これらがそろうことが、私にとっての旅だ。一年の終わりに澄んだ旅ができた。
日田を朝に出て、久留米経由で博多に向かう。天神近くの公共施設で勉強会。
どの場所も同じだが、地元で場所を用意してくれる人がいないと、全国行脚は成り立たない。今回も、動いてくださった人がいてようやく開催できた(ありがとう)。
ブログ以外に告知しなかったが、予想以上の数の参加者。最年少は小学3年生。大人たちが日常の苦悩やおどろおどろしい業の話をさっそく始める中で、はて小学生に聞かせてよいのか戸惑う部分もあったが、辛抱できたようだ。父親の圧力に負けてやむなくという雰囲気だったが笑。
ほんとは、子供向けの学びキャンプを別立てで開催すればよいのだ。親のほうで場所を見つけて声をかけてくれればいい。教材はこちらで用意しよう。
どの場所でも、参加者の関心・質問に応じて答えを組み立てるので、毎回内容が違う。板書する図も変わる。即興で答えることで、自分も思いつかなかった新しい理解(智慧)が生まれる。
内容を準備したことは一度もない。その場で思考を組み立てる。だからこそ生きた智慧が生まれる。
各地の講座・勉強会を書き起こしてテキスト化すれば、かなり面白い資料になるだろうが、作業する時間がない。今は前に進む(新しい体験を積み重ねる)ことに専念しよう。
終わった後も、近くの喫茶店で希望者向けの無料相談会。なるべく多くのものを持って帰ってもらえたらという思いで続けている。
終電で東京に帰る予定だったが、相談者が多くて間に合わなくなった。急きょ宿を調べて、近くのカプセルホテルに泊まることにした。
◇
翌朝は、バスで博多港まで。玄界島や壱岐島へのフェリーが運航中。私が向かったのは志賀島。かの金印「漢委奴国王」が発掘された島。小学生の頃に聞いた知識と地理が、やっとつながった(笑)。
この地に来ると、大陸がとても近く感じる。釜山にも船で行ける。近畿や関東のほうが距離感としては遠い気もする。とはいえ出征するほどの距離でもない。秀吉も無謀な挑戦をしたものだと思ってしまう。
海から博多の街を眺めるのは初めてだ。世界が青い。
西戸崎駅前から市営バスで勝馬海水浴場まで。気ままな一人旅。どこで過ごすのも自由という今日がありがたい。
浴場から少し離れた旅館の裏側で、だれもいない浜辺を眺めてひと休み。
海岸沿いの旅館兼食堂に寄ってみた。アイドルらしき女子の写真やバナーが壁一面に貼ってあるので、誰かとたずねたら、○○坂46の○○○○さん(ファンの呼び名は「○○ちゃん」)だという。
この村出身で、すぐそばの小学校に通っていたとか。私が偶然立ち寄ったのは、彼女が高校時代にバイトしていた旅館・○○荘だった。
そうかあ、○○ちゃんはここで育ったんだ、オーディション受けに東京まで行って、以来、乃木坂で頑張っているんだ~♪と思うと、人の背後にある物語が見える気がして感慨深い。急に土地のありがたみが増した気がする(アホですか笑)。
バスに乗って西戸崎駅へ。そこから陸路で博多に戻って新幹線で一路東京へ。
夏の全国行脚、これにて(ほぼ)終了。いや、夏風情を満喫した旅だった。
2024年8月下旬