親を引き算できるか


子供の心というのは、まずは親との関係から影響を受けます。それがすべての前提になります。

親の姿や価値観や心の癖を模倣すること。親への反発や不満に心を取られてしまうこと。

親の期待や要求に応えようとすると、自分の意志で選択するという基本が崩れるので、モチベーションが続かなくなるし、

逆に親に反発すると、そのストレスに心が囚われてしまうので、自分の将来を考えられなくなる、「自分のために勉強する」という素直な前提を保てなくなる、気を紛らわせるために娯楽に走ってしまうという事態に陥ってしまいます。

総じて「自分の人生を生きられなくなる」のです。

親の影響は、プラスに働くならいいけれど、マイナスなら有害です。「親の影響さえなければ、自分はもっと努力できるのに、勉強もするのに、将来のことを考えられるのに」という状況の子供は、たくさんいるはずです。

つまりは、親のマイナスの影響がなければ――という視点が必要になります。端的に言えば「親がいなければ」という引き算ができるかどうかが大事ということです。

「親がいなければ」という引き算ができるか。

「親への反発・反抗」は、引き算の第一歩。でも延々と反発ばかりしていては、自分の人生が始まらない。

反発するなら、「これは自分の問題なのだ。自分の人生がかかっているのだ」と思えるところまで反発する必要があります。中途半端な反発は、結局は現実逃避の理由になってしまいかねない。一番まずい展開は、親に反発しつつ、その不満を理由に部屋に閉じこもってスマホやネットでアヤシイ時間を過ごすだけ・・という状態になることです。

親の引き算というのは、子供が、自分の人生を考えること、将来を考えること、そして親とは別のところにある社会・世界・世間のほうを見るということでもあります。

「こんなところで、こんなことばかりしていられない」と思えるかどうか。それこそが精神の自立であり、成熟。

いわゆる反抗期とは、こうした成熟にたどり着くための通過儀礼です。というか、成熟にたどり着く必要があるのです。

となると、親には、ひとつの受け止め方があるのかもしれません。

「反発する(言う)のは、親として受け止めるよ、でもあなたの人生はどうするの? それは親を引いて考えてね」という受け止め方です。

「親はあなたより先に死ぬよ。この家だってなくなるよ」という現実を、どのタイミング化で伝えること。

いつまでも親を足し算に使ってはいられない。いつの間にか足し算に使ってない?――親が永遠に元気でお金もあって言いたいことを言える人間として生きているわけじゃないからね、という立場に立つことです。



付け足しておくと、興道の里の寺子屋には、親を最初から引き算して、一人で来させることがベストです。「交通費は出すから、自分のために一度行っておいで」と働きかけてみるとか。

ここでも、本人の意識の中で「親の引き算」ができているかどうかが、選択の分かれ目になります。

ただ見ていると、親や兄弟姉妹が「足し算」になっている子がものすごく多い。強烈な影響を受けて、振り回されて、自分を育てる時間が不足している。「心が育っていない」ことが多いのです。心の栄養失調。虚弱体質。

だから私はよく「今度は一人でおいで」と伝えています。

親の側でも「一人で」行かせるように働きかける必要があるのだろうと思います(もちろん時期・状況によりますが)。

特に兄弟姉妹の数が多いとか、親の存在が反発や阻害(心の成長における)の要因担っている場合は、なおさらそうです。

「引き算」という前提に立てるようにしてください。子供の心を育てるために欠かせない発想です。


2026年5月