この事件はね、この先もっと大きな騒動になるかもしれない。
聞こえているかな……罪(不誠実)を犯してしまっている君に。
例の仏教AIアプリ、「事業譲渡」先を募集しているそうじゃないか。
もともと原権利者の意向を無視し、連絡も交渉も何一つしていないのに、「連絡済み」とnoteで平然と嘘をつき、
(嘘だよね、だってスジャト師本人が「ノー(連絡が来たことはない)」とはっきり言っているのだから)
「収益の75%を仏教関連団体に寄付している」と堂々と広告していたけれど、それも名前を挙げられた2団体は否定しているし、
あまりに明白な権利侵害が確認されたから、主要メディアは、君の事業に関する記事を急遽取り下げたわけだけれど、
君は、誰かの妨害行為のせいだ、圧力を受けたからだと、何も知らない人たちに訴えて、自分があたかも犠牲者であるかのような振る舞いを演じている。
「事業を託したい」と格好の良いことを言っているようだけれど、君はこうした事実を隠して、
君を信じて事業を譲り受けた人や企業が、君を信じたPR会社などと同じように、再び迷惑と損失を被るということを、
どうやら君は一切考えていないらしい。違うかい?
君の言葉の中に、どれだけの真実があるというのだろう?
君は正義のヒーローになりたかったのか?
だが、人の気持ちは無視して、人を騙すことには平気でいられるというのか?
誰から見ても、それは無理だよ。
本当にいいんだね?
時間は十分あったはずだ。十分待った。
君からの中傷めいた言葉を浴びながらも、君の人生を想って、沈黙を保ってきた。
だけれど、さすがにこれ以上沈黙を続けたら、君はどうやらさらなる嘘を重ねて、もっと多くの人たちを傷つける恐れが見えてきた。
君の言葉を信じて、課金に応じたり寄付してきた人たちは、まだ真実を知らされてはいない。
君は、都合の悪いことは隠して、都合の良いことだけを、しかも明らかな嘘まで含めて、彼らに訴え、彼らの信頼と支持を集めてきたらしい。
だがそうしたあり方は、そもそも仏教に、いや社会の道理に反する。
人として、やってはいけないことだ。
君が自らの過ちを自覚して、静かに閉じるならば、私は慈悲をもってそれを受け止めようと考えてきた。
だが、最後まで、君は、自分のことしか考えず、平気で嘘を重ねて、人々の思いまで弄(もてあそ)ぶことを選ぶらしい。
私が、唯一、許容できないのは、人の悪によって、人が傷つくことを見る時だ。
自分にできることがあるのに、それをしない。
そのことで誰かが傷つく。新たな苦しみを背負う。
そうした事態だけは、私は人間として受け入れることができない。
本当にいいんだね?
きちんと真実を伝える努力を始めようか。
君も見届けてくれればいい。私は、君のように嘘はつかない。
君の嘘のすべてを、明白な証拠をもって覆し、 この社会にこれ以上の混乱が生じないように、
真実を伝え始めることにするよ。
P.S.
真実は、君が最後まで投稿し続けてきた note に掲載していくことにするよ。
君も自分が言ったこと、やったことを、鏡を見るように、noteの連載を通して確認するといいよ。
「一人の仏教徒」に妨害されたとか圧力を受けたとか、ずいぶんと都合のいい非難(事実の隠蔽と責任転嫁)を続けてきた様子だけれど、
そのことで一番被害を受けたのは、誰かわかるかい?
君の言葉を信じた人たちだよ。
平気で嘘をつくというのは、人を最大限に愚弄していることに等しい。
君を最後まで信じようとする人はいるかもしれない。
だが今回ばかりは、原権利者も、メディアも、名を騙られた仏教団体も、学会も、みんなが、君の嘘を知っている。
何が真実かを決めるのは、君じゃない。社会だ。
「一人の仏教徒」として、社会が何を真実として受け止めるかを、見届けることにしよう。
君も、その場所で、見届けてくれればいい。
始めるよ――。