尊き人たち


広島で開催された今回の研修は、看護教員限定だった。無料だったそうだ。ならば自分も本来は持ち出しで協力すべきなのだろう。でもきちんと誠意を向けてくださるのだ。そのことが申しわけなく、かたじけない。

なにしろ看護は人の命を救う仕事。この日集(つど)った先生方は、未来に人を救う人間を育てている人たちなのだから。

しかも午前10時から午後4時まで。過去最も長い時間を取ってくださった。午前のレクチャーと午後のワーク。これだけ時間があれば、十分に話し合える。機会を作ってくださった協会の方々には感謝するほかない。

午後のワークは、みなさん積極的に取り組んでくださって、たいへん充実したものになった。しかも笑いがたくさん起こった。


今回の研修をつらぬくテーマは「自分の輪郭の内か外か」だ。さまざまな現場の課題・悩みをもとに、内か外かを話し合う。

妄想を広げた状態だと、自分の輪郭がわからない。あれもこれもしなくちゃいけないという意気込みやら責任感やらにとらわれて、消耗・疲弊してしまいかねない。

自分の輪郭は、手が届く範囲に限られる。いわばサイズが決まった円のようなもの。円を動かせるのは、決まった時間のみだ。

限られた時間の中で、決まったサイズの円を回すことしかできない。ならばせいぜい人間にできるのは、作業と工夫くらいだ。輪郭オーバーはそもそも無理だ。

仕事も子育ても、自分の輪郭内でやっていくしかない。輪郭外のことは背負わなくていい。超える部分は、外の問題であって、自分の課題ではない。外の人に頼む(理解を求める)か、未来に持ち越すか。できない自分を責める必要もない。

数多くの悩み・課題を解決するには、自分の輪郭を見極める必要がある。どんな仕事にも当てはまる真実。


いろんな余談・脱線も交えてのワークをたっぷりやって、午後4時終了。これぞ理想の研修ではないか。

教育というのは、未来を育てる仕事。最も尊い仕事だ。

その間多くの苦労を経験することになるが、”未来を育てる”という最も尊い目的のために生きたという事実は、

それだけで「わが人生に納得」の理由になる。

だからこそ私も、場所・立場は違うが、未来を育てる活動を選んでいる。看護教育に携わる先生方もだ。


この夏は、静岡、鳥取、宮崎、広島と、看護協会・保健師会・看護専門学校の方々との出会いに恵まれた。

みなさん、本当に大切なお仕事をなさっている。頭が下がる。

世の中には、その人がいなければ世の中が回っていかない、そんな大切な仕事をなさっている方々が大勢いる。

最後に胸に残るのは、みなさんこれからもがんばってくださいねという心からエール・・なのだが、自分にできることがあまりに小さく限られていることが、もどかしくてしょうがない。もっとお役に立てたらという思いは有り余っているのだが。

妙な話ではあるが、満足が残ることはなく、ただ申しわけなさのようなものを感じて、”尊い人たち”を後にするのだ。毎回そんな思いを抱えて帰路につく。


今年ご縁くださった皆さま、ありがとうございました。


※興味のある方は、医学書院『看護教育』2025年第4号をご覧ください。「仏教の視点で見る看護教育の面白さ」についてお話させていただいています。