もう少し様子を見よう

 
いくつものメディアが、この事業に関する記事を取り下げたというのは、

圧力とか妨害とか、そんな理由ではなくて(そんな理由づけが社会に通用するはずもなかろう?)、

それだけ深刻な、取り下げなくてはいけない理由があったからです。


日本国内のメディア・団体、そして海の向こうの原権利者が、どれほど重い言葉で彼に「NO」を突きつけたかを、彼は一部しか知りません。

どうやら本人は、自分は正しいことをやっていて、自分は犠牲者なのだと訴えたいらしい。

が、事実を人々が知れば、彼の言葉の本当の意味が、つまり真相が、いやでもわかるだろうと思います。

彼が語る「寄付」や「仏教」が、どういう背景(事実)があっての言葉だったか。

それを知れば、彼から聞いていた言葉の意味が、この事業に人々が感じていた意義が、すべてひっくり返ります。


知りたいと思うかもしれないけれど、ここはもう少し待とうと思います。


いつでも決定的な証拠を出すことはできるけれど、

今はまだ、彼の人間性というものを見定めている段階です。


もし彼に、自分の不誠実さを受け入れる良心があったなら、

今彼が懸命に訴えていることは、真実ではないことをみずから受け入れて、

静かに幕を閉じるはずです。


本当の仏教というのは、最後まで慈悲を貫く。

あくまで真実に立って、言葉を選ぶ。

人を責めるよりも、おのれの過ちを恐れる。


この場所があえて明かさないことには、深い配慮があるのです。


やがて、このブログを追っている人たちも、すべての真実を知ることになります。

もう少し様子を見ていてください。


 

2026年4月17日