本当のブディズムは、つねに慈悲と真実とを先に考える。
それは、あなたに向けても同じことだ。
私も、あなたが無断で流用した仏典データベースを長年かけて作り上げてきた人たちも、
ブッダの教えに立って生きる者たちは、どのような人間に向けても、いかなる場面においても、つねに慈悲と真実とを確かめるところからスタートする。
あなたはわからないのか?
あなたがやったことで、無断流用された人たちがどんな気持ちになるのかを。
あなたは何も創り出していない。他人が築き上げたものを偶然見つけて、CC0という彼らの慈悲にもとづくポリシーを都合よく解釈して、
彼らに連絡もせず、許可も取らず、大量のデータをスクレイピングして(かすめ取って)、
仏教徒でもなく、仏教を知らない身の上でありながら、仏教を活用できるアプリおよびサイトであるかのような装いを見せて、
世界初だとか国際標準をめざすと謳って、連日のようにWEB広告を打っている。
今回あなたが犯したことは、第三者の著作物・知的財産の無断使用に当たるものだ。しかも前例を見ない大規模にわたって。
日本だから、向こうが遠い海の向こうにいるから、わからないと高をくくったか?
CC0といっても、原権利者の権利は依然守られる。それは国を越えて全世界に共通するルールだ。それもわからないまま、「学術的研究に依拠している」とあたかも彼らが、あなたの事業を認めたかのような宣伝文句を発したのか?
世の中というのは、誠実に、地道に、新たな価値を創造しようと努める人たちによって支えられている。
新聞社も、メディアも、学者の先生方も、
仏教をただのデータとしてではなく、生き方として、人々を苦悩から救い出すかけがえのない思想として、2600年近い歳月に渡って受け継ぎ、守ってきた仏弟子たちも、
その点は同じだ。
あなたは、事業を立ち上げてまだ一年も経っていない。ひとつでも特許を取るなり、正当な方法で多くの人が喜ぶ事業を育てるなりして、本当の成長をめざすべきではないのか?
どの分野の大人たちも、みんな真剣に、真摯に、新たな価値を創造しようと日々闘っている。
そうした人たちの努力によって、この世界は成り立っている。
世の中は、そんなに甘い場所ではない。だが本当の貢献ができれば、多くの人が歓迎し、高く評価してくれるだろう。
そういう場所だ。壊れつつあるとはいえ、まだまだ健全で、わかりやすく、成熟した世界である。
あなたにとって仏教は、黙っていれば利用してもバレない都合のいい道具に見えたのかもしれない。
仏教を、真摯に築き上げてきた人たちの思いを無視して、利用して、広告を頻発すれば、すぐにでも称賛される地位に立てると思ったのかもしれない。
だけれど、世の中は、そうはなっていないのです。
あなたは、私の言葉を脅しだとか訴えるとか言ってきているけれども、私があなたに伝えたことは、すでにここに公開しています。
あなたは、こうも伝えてきていますね
>一度、原点に立ち返ってはいかがでしょうか。
そうだね、立ち返ろうか。まずは自分から。仏教の基本であり、世の道理だ。
あなたは「寺の関係者」だとも名乗っている。
どういう関係者なのかわからないけれども、それと今回あなたがしたことと、いったいどんな関係があるのだろう?
単純に、あなたが伝えるべきは、自分がしていること、したことが、法的に、倫理的に、社会的に本当に正しいと言えるかどうか、
その具体的根拠のみです。
現時点で明らかなことは、あなたが無断で大規模に流用したCC0ライセンスのもと仏典を提供してきた団体・個人は、
生成AIによる利用を固く禁じ、またデジタル技術によるスクレイピングやアプリ開発に利用することを、明白に拒否し続けているという事実です。
その主張は”叫び”にも聞こえるくらいに切実なものです。ずっとそう訴えてきました。
あなたはそれを知っていると言っていましたね。みずから彼らに連絡を取り、「誠実に交渉する」と、私に伝えてきましたね。
つまり、あなたは、彼らのライセンス(使用条件)を知りながら無断流用していたことを自ら認め、
その事実を指摘されたことで、あわてて連絡を取ると言ってきたけれども、
真実は、
現時点に至るまで被害当事者に連絡していないということ、そして
彼らが、あなたの今回やったこと、あなたの事業に許可を与えることは絶対にないということです。
私を脅しても意味がないのです。これは単純に、社会に通用するかどうかということ。
世の中のルール・法律・道理にてらして、やっていいことと絶対にやってはいけないことがあって、
今回の件、つまりあなたがやっていることは、後者に属する可能性がきわめて高いということです。
世の人々・企業は、正しい手順と手段をもって、ちゃんと成果を上げ、社会的信頼を勝ち得ている。
あなたも、そうした正道に立って、もう一度やり直すことが、唯一の正解ではないのだろうか。
あなたは、私の著作を読んで、仏教を学び始めたという。
だけれどどうやら仏教というものを勘違いし、自分の私欲のために利用していいとどこかで勘違いしてしまったのかもしれない。
私は感情ではなく、道理をあなたに伝え続けています。
あなたが、私の著作を読んで感銘を受けたということは、あなたが、孤独と苦悩を知っているということを意味します。
ならば、その孤独と苦悩と向き合うことを始めてください。今回のように、自分の野心といつの間にかすり替えて、仏教という尊き思想や私が本で伝えている内容を、アプリだのAIを使った仏教サイトだのに利用しないことです。
伝えましたよね――仏教は、仏教徒によってのみ守られ、また伝えられるべき尊き思想だと。
あなたは再びわざわざ私に連絡を取ってきて、言うだけ言って、連絡(返信)はするなと言ってきている。だからここにこうして伝えるけれども、
自分が犯している法的・倫理的問題を是正することが求められているのに、それを指摘されると訴えるなどと「脅し」をかけてくることもまた、世の中には通用しない対応です。
倫理をわきまえた人と企業なら、こうした言葉は向けてこないのではないだろうか。
この問題は、それほど難しいことではないのですよ。
あなたがしたこと、していること、主張していることが、世の人々に受け入れてもらえるかどうか。あなたがアピールする宣伝ではなく、実際に起きている事実を、社会がどう受け止めるかです。
与えられていないものを取ってはならない。”盗んで”はならない。利用してはならない。
そういう道理を守れるかということだけです。
道理を守れる人たちが、この世界を支えていくのです。
あなたも、そうした一人になればいい。きっとなれるはずです。
どう思いますか?
慈悲にもとづいて
2026年4月7日

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