もはや古典~自分を見つめない親について


もはや古典といってもいいメッセージになるけれど、

親は子供のことを相談するよりも前に、自分自身のあり方を見つめないと始まりません。


人間というのは、自分のあり方を見つめて理解しているかどうかで、成熟度が決まります。

成熟していない人は自分自身を見つめていない。なんというか、すごく自己理解が浅い。というか、無い。

自分を見つめる代わりに、子供のことや周りの人間のことばかり考えて、そんな自分がいっぱしのことを考えているように思い込んでいる。

子供が問題だとか、子供が変わらなければとか、〇〇についてわかってもらいたいとか・・。

いや、わかっていないのは、親のほう。それがわかっていないことが、悲劇的。


子のあり方は、親のあり方次第でいくらでも変わる。というか、親の姿を見て素直に反応しているだけ。

そういう部分もわかってない・・。

親であるという特権的立場にあぐらをかいて、子のほうにばかり目を向けるというぬるま湯にどっぷり浸かっている。

まずは自分自身のあり方を深く反省できないと始まらないんじゃないのかな。


自分に甘い。子にとっては、ずるい。

そういう親が無自覚のうちに立ちはだかっているから、こちらとしてはその子のために何もできない。


「どいてくれる?」


そう伝えたくもなる。自分の姿をちゃんと見なさいよ、と言いたくなる。

 

*夏の日本全国行脚スタートです。生き方・学び方について一緒に考えたい十代と親の方々はお声がけください。