ただいま休業中

 

ただいま、公式ブログは臨時休業中です。

 

2月第4週に更新する予定です。しばらくお待ちください。

 

興道乃里・草薙龍瞬

 

 

心をやすめたい人にお勧め ポプラ社から 

 

 

 

 

 

仕事を見つけたいという人へ

 

前提(条件設定: うまくいかない原因と正しい心の持ち方)がそろわないと、頑張ってもなかなか前に進めないものかと思います。

前提というのは、たとえば自身の性格(繰り返している反応のパターン)や動機の部分です。
 

性格については、親の影響(業)を正確に把握する作業が最初に来ます。そのためには、親がどういう性格か、どのような関係のパターンを繰り返してきたのかを、客観的に理解する必要があります。

(『大丈夫』の本を、まだ読んでいないようなら必ず読んでみてください)


性格は、親との影響から作られるものなので、もし今の性格が社会との接点・関係を作るうえでマイナスに働いているのなら、やはり精神的に自立する(親から適度な距離を取る)ことも検討する必要があります。

この点、親と一緒に生活しながら精神的に自立というのは、なかなか難しいものではあります。どうしても過去の延長を生きることになってしまうので。


動機についていえば、仕事というのは、こちらから条件をつけるとうまくいかないものです。

仕事はただの役割でしかないので、相手の求めに応えるだけです。体を使う作業を求められているなら、自分の体を使って役割を果たすだけです。

おそらくご自身の「努力」の中身が、仕事を見つけることに結びついていないことも少なくありません。たとえばその努力の中身が、過去の親からの期待や要求を反映したものである場合です。

たとえば資格・技能というのは、直接役割には結びつきません。本人は努力する価値があるものと思えるにもかかわらず(親の影響は、こうした場面で親の期待に応えることもできる、といった妄想を作りだすことに作用します)。

 

役割に結びつくものは、ほかには、なんでもやりますという意欲 あるいは 経験 というものがあります。

経験というのは、なんでもやりますという意欲によって得られるものなので、最終的に最も大事になってくるのは、なんでもやりますという意欲 ということになります。

ご自身が、意欲だけで動けているかどうか、意欲というものの上に他の雑念(条件)を載せてしまっていないか、確認してみてください。

 

動機が、社会においてきちんと意味を持つ時というのがあります。

本当に人生が動き出すのは、その時から ということになります。

 

 

2026年1月

 

 

 

 

 

インタビュー記事


朝日EduAのインタビュー記事が公開されました(2026年1月23日)


子育てと受験
受験本番を迎える親子の心構え──"妄想"を手放す技術と「転んでも損しない」考え方
 
いよいよ中学受験本番。多くの保護者が子ども以上にプレッシャーに悩み、合否の結果に一喜一憂するといいます。どんな心構えで向き合うべきか。ご自身も中学受験、大学進学の経験を持ち、多くの親子の相談に乗ってきたという僧侶・著述家の草薙龍瞬さんに聞きました。結果に振り回されることより、「転んでも損しない」ポジティブな考え方に切り替えることを、草薙さんは勧めます。受験を控えた親がラクになれる意外な方法とは?




学びは独立が大事~まず親が「考える」こと

※学校の宿題をタブレットでやるようになって、やる気を失ったという子供のお父さん・お母さんに向けたおたよりから抜粋:

 

「時代の流れ」なんて、ないも同然なのですよ。でたらめ。教育の現場でやっていることが正しい保証なんてありません。むしろ無思考・無体験の大人たちが考えることなんて、ろくでもないかもしれない。


ご自身のあり方に気づいてほしいことがあります。

お父さん・お母さんは、子供がやる気を失っているのに、子供に合わせてやり方を変えようという発想を持てないわけでしょう? そこが一番の問題じゃないのかな。

タブレットが嫌いというなら、紙でやらせればいいではないですか。なぜやらせないのでしょう?

学校が何と言おうと、学ぶのは子供であり、子供に適切な学習体験をさせる直接の義務を担っているのは、親自身なのだから。

親がちゃんと考える必要があります。何が子供にとって最善最適な選択なのか。
 
すでに子供の感情が置き去りにされている。「頭を使わない親」、つまりは子供の思いを理解しない親の姿になってしまっている。そう思いませんか?

ちゃんと「親であるという特権」を生かすことを勧めます。こういうことが、「考える」ということなのです。
 
 
 
 

学校に居場所がないという君へ

(あるお母さんへの返信から) 

 

学校という場所は、友達が見つかれば楽しい場所になりますが、そうでない時は、「自分と違う他者」の存在を見せつけられる場所になるので、いること自体がつらくなるものですよね。

合わないということは、自分がその場所にいる意味・価値がわからなくなるということ。

特に十代の頃のように、みんな自意識むき出しで、しかも世の中のあり方や大人たちの姿やSNSに飛び交う情報に(敏感すぎるほどに)感化されやすい年代の人たちと一緒にいることは、

誰にとっても実はかなりストレスフルな、強いて言えば残酷な環境なのだろうと思います。

このあたりは、同じような経験をした大人たちならわかるかもしれません。十代の頃が一番苦しかった、学校に通わなければいけない間が一番つらかった・・という人は少なくないと思います。




となると、どう考えるか。周りが合わない先生や同級生ばかりということになれば、それこそ「そういうもの」として受け止めることから始まるのかもしれません。

なにしろ自分は将来に備えなければいけないし、そのために今しなければいけないこと(やる価値があること)を頑張らなければいけない。

将来への準備というのは、それこそ今の世の中なら、やはり進学して、教育・学歴・資格を得ることから始まるから、そうした

自分にとって確かに価値あるもののために時間を使うことになります。

価値あるもののための時間というのは、どこで過ごしてもいいのだけど。図書館とか塾とか。それこそ公園や電車の中でも将来への準備(勉強)はできるし。


結局、未来に持っていけるのは、その時間を通して得た「自分にとって価値あるもの」だけ。

いったんその環境、つまり学校から離れてみれば、あるいは卒業してしまえば、周りにいた人たちは、みんなみごとに消えている。

残っているのは、自分ひとり。その手に持った価値あるものだけ。

その価値を活かして、社会に出ていく。仕事を見つける。自分の居場所を見つけ出す。


幸いに世の中というのは、学校とは違う仕組みでできている。

学校というのは、先生も同級生も選べない。丸ごとそういうパッケージとして受け入れるしかない。先生が合わない、理解してくれない。同級生も合わない、そうなると自分にとってはどう見たって、異物でしかない。

他方、社会というのは、自分が手にした価値を評価してくれる、認めてくれる人たちが、けっこうな割合で見つかる場所。

妙なたとえだけれど、世の中で問題発言ばかりして炎上しているような大人にだって支持する人たちはいたりする。逆に、無名であっても、ちゃんと見つけて応援してくれる人もいる。

それだけ世の中は広くて、自分の価値を認めてくれる人は、学校とは比べ物にならないくらいに(本当に比べ物にならない、まったく違う)大勢、わんさかいるということ。


もうひとつたとえるなら、自分がトランプのカードだとして、学校というのは、数字がことごとく違うカードに包囲されているようなもので、

他方、社会というのは、自分のカードに磁石がついていて、動けば、磁力でひきつけあって、同じ番号の、つまりは気が合う人ともくっつける場所かもしれないということ。


磁力というのは、自分が手にした価値ということになります。自分が進んだ大学や経験や資格。

大学は磁力になります。中学・高校は磁力にならない。閉ざされた場所の一つでしかない。

仮に大学に進むことがうまくいかなかったとしても、勤勉さや思いやりなど、人としてバランスが取れた性格であれば、その性格が磁石になって、必要としてくれる人や場所はかなりの確率で見つかるものです。やっぱり世の中は広い。




だから、最終的に考えるべきは、

自分にとっての価値を手に入れるために、貴重な時間を使う
ことだろうと思うのです。

その価値とは、将来につながるもの、将来に残るもの。


それは、学校ではないし、同級生でも先生でもないし、趣味や習い事でも、もちろんゲームやスマホ時間でも、実はなかったりします。

 

本当に価値が残るもの・・それはやっぱり、現実を見据えるなら、

行ってみたいと思える場所に進むための準備に専念する ということになるような気がします。

難しいものではあるけれど、準備のための努力をすれば、選べる進路の幅は広がることも真実のような気がします。


同級生も学校も、将来的には消えていくものだから(言い方はすっごく悪いけど、あの動物公園見に行ったな~くらいの感慨しか残らない、その程度の場所?)、

学校に居場所がないということは、現実が見えたということだから、現実の代わりに、普遍的な真実のほうを、つまりは

将来につながる価値あるものだけが最後に残る、という真実に目覚めて、

それこそ、自分のために、将来のために、自分だけのために、価値あることを努力する、という生き方に切り替えることなのかなと思えてきます。


どの時点かで「本気になれた」人から、人生は変わっていくものです。変わればいい。変えてみればいい。

自分が本気になってからの時間は、驚くほど濃密、つまり実質的に長くなるものです。

3か月でさえ奇跡を起こせるくらいに。


これからです。




2026年1月


心のモード・チェンジはなぜ起こる?


心はそもそも無常なもの、コロコロと変わるものです。

穏やかな時もあれば、イライラする時もある。それが心のノーマル。

大事なことは、その時々の心の状態を自覚することと、もし慢性的に続く(クセ・傾向がある)ようなら、その原因を考えることです。

たとえば、人と接することが本当は好きなはずなのに、時が変われば忌避モード(会いたくない・接したくないという気分)に変わることがあるとします。

その場合の原因は何なのか。単純に疲れている、最近嫌なことがあって引きずっている・・という比較的浅め(つまり放っておけば元に戻る)の場合もあれば、

もっと根が深くて、誰かのことが嫌い、会いたくないとずっと思っていて、でもその関係性が完全に過去になっていなくて、今なお刺激を受け続けている・・という場合もありえます。

嫌、会いたくないというのは、不快感(怒りの感情)が作動している時です。その原因は? 

ただの妄想であることもあれば(つまり客観的状況には問題がない)、誰かとの関係で怒りが結生している(強く反応してその状態が続いている)こともありえます。

※「結生」というのは、私が本の中でよく使っている言葉なので、初めて聞く人は読んでみてくださいw)

最初の反応が結生すると、その反応が前提となって、次の類似の反応を引き起こします。

怒りが結生するとイライラが続いて、怒りっぽくなる。不運な出来事が記憶として結生すると、また悪いことが起こるのではないかと不安になる。「どうせ自分は」という判断が結生すると、自己否定をずっと引きずるようになる・・。

たとえば、本当は人と接することが好きなはずなのに、そいう感じない時期が長い、さらには他人の嫌な部分が目につく、みんな嫌い、世の中もイヤ、何もかもなってない!みたいな思いが強くなっていくこともあります。


そうした場合は、最初の結生――最初に嫌だと感じたきっかけ・相手は誰かを思い出してみるとよいのです。もし引きずっていなければ、嫌だと思うはずもありません。嫌だという感情を引きずっているということは、まだ続いているのです。忘れていないということ。

いつのこと、誰のことを、忘れていないのか。冷静に振り返ることです。

もし現在進行形でその出来事・関係性が続いていない、つまりは完全に過去だというなら、その結生は妄想にあたるから、妄想を消す練習をすることになります(『反応しない練習』をどうぞ笑)。

まだ過去になっていない、その出来事・関係性が現在も続いている・・というなら、そこから抜け出すこと、距離を取ることが、必要になります。

たいていは、親との関係性が原因だったりします。しっかり続いている、続けてしまっているから、親と連絡を取ったり会ったりすることで、不快を感じ、「嫌」が結生し、その「嫌」を自分の生活・仕事に持ち込んで、周りを嫌に感じるのです。

「おかしいな、もともと仲がいいはずなのに、好きだったのに」という過去の検索はあまり意味がありません。というのは、その仲がいい・好きが、自分の思い込み(無理やりの解釈)であることもあるからです。

本当は、原因を自覚して、原因を解消して、ニュートラルな心の状態に立って初めて、相性がいいとか、好きとか、楽しいといった本当の感情が見えてくるものなのです。

原因を解消できていないと、そのうえにいろんな妄想(好き・離れてはいけない・嫌われたくない・仕事だから・家族だから・もともと私はこんな性格じゃなかった・こんな自分が嫌になるetc.)が重なっていって、自分の本心がわからなくなります。

小さなことでも嫌になる、その嫌が長く続く・・というのは、よほど「溜まっている」のです。人生のどこかで結生した「嫌」という感情が。

その原因は何なのか、しっかり見極めることです。正しく理解することが、最良の処方箋です。

ひきつづき


精神科に行くより、はるかに効きます 必読




2025年1月13日
・・・・・・・・・・・・

出家したいという人へ


ときおり、出家したい(出家を考えている)という方から連絡をいただくことがあります。

「出家」をどのように定義するかにもよりますが、思い浮かぶことを言葉にしてみると、



過去の自分を丸ごと捨てたい、人生をやり直したい-ーと願う人が、

過去の関わりを断ち、仕事を変え、人間関係も肉親も含めてリセットする(引っ越し先も連絡先も教えない)ということは、可能かと思います。


あるいは日常はそのままで、ただ仏教・瞑想についての理解を深めたい、そのことで自分の苦悩を解消したい、ということであれば、

自分なりのやり方で学び、実践していくことになるでしょう。


仏教の世界に触れて生き方が変わった、変えようと思ったという志ある人たちは、少なくないので、

そうした人たちは、それぞれの場所で、自分なりの仏道・自分流の出家道を頑張って進んでいくことになります。まさに”心の出家”です。

(私が本や個人的なやり取りを通して応援しているのは、こうした人たちです^^)



もし、こうした実践だけでは足りないと思うのであれば、寺か海外の寺院・道場に入ることになるかと思います。形の上でも出家をめざすということです。

形を変えないと、精神的に過去を断った、自分が変わった、というけじめがつかない(実感が持てない)人もいるだろうと思います。

けじめをつける意味でも、形のうえでの出家は有効。とにかく環境を変える。それだけの変化が必要だという人も必ずいるはずです。



心の出家をめざすか、形のうえでも出家をめざすか。後者の場合は、職業僧侶になるか、本格的な瞑想修行のために相応の環境に身を置く選択肢が浮かび上がってきます。

長期修行が可能なのは、やはりミャンマーかなとは思います(スリランカやタイにも瞑想道場や寺院はありますが、多くは比丘・長老つまり職業僧侶の住まいでしかなかったりするので、場所は慎重に探す必要があります)。

自分も職業僧侶になりたいというなら、それぞれの国に行って、あるいは日本にあるサンガに尋ねて、道筋をつけてもらうことになるでしょう。

それぞれの場所・組織に条件があり、踏まえなければいけないステップがあります。「公認」を得ないと、職業僧侶にはなれない。もっとも公認を得て職業僧侶になることが本当に解決策になるのかは、冷静に考える必要があります。



職業僧侶ではなく、自分は瞑想を極めたいんだという場合は、先にお伝えした通り、飛び込んでみることかと思います。

その場合に問われるのは、自分はどれくらい瞑想を極めたいのか?です。「キリ(終わり)はあるけど、キリがない(終わりが見えない)」のが、ガチな瞑想というものなので。

本気の瞑想というのは、俗世との連絡を断ち、自分の中からも消去して、ひたすら心という現象を見つめ続けて、この先はないというところまで突き進まねばなりません。

しかも順調に進むわけではなく、想像を超えた苦痛と混乱と迷走と葛藤と、その他あらゆる心が繰り出してくる魔と闘っていかねばなりません(本当の瞑想を極めようというレアケース限定の話ですが)。

それだけ挑んでも、何も得られないという事態もざらにあります。かなりリスクがあるのです(それでも賭けてみたいと思える人だけが、もしかしたらたどり着けるかもしれない世界というのが、存在します)。



<出家>という言葉は、<仏教>や<瞑想>という言葉と同じく、使う人によって意味がまったく変わってくるあいまいな言葉です。
 

本来の出家というのは、過去の一切を-ー家族・親・妻・子供との関わりを断ち、お金も家財も住居も手放し、いったん完全な無になる覚悟と行動が必要です。少しでも執着や妄想の残滓(雑念)が残っていると、心についての理解を極めることは不可能だからです。

他方、「なんちゃって出家」という生き方もあります。お金もある、家がある、いざとなれば逃げ場がある・・という環境をキープして、ただ頭を丸めて袈裟をまとうだけなら、

サンガの公認資格を得ていないなら職業僧侶ともいえず、仏教とも瞑想とも実はなんの関係もなく、ほんとに「何者?」と言われざるを得ないあやうい存在になってしまいかねません。


心の出家ならば、形は不要。他方、形としても出家として生きていきたいと願うなら、まずは職業僧侶として生きてみるか、本気の瞑想修行者になるか、いずれかかもしれません。

お勧めするのは、何をめざすかは自分の選択だけれども、選ぶなら行動に移すこと。

実際に「やる」「なる」ことです。

本気・本物の道をゆくことだろうと思うのです。

そして、最終的には、自分の苦悩のすべてを解消し、自分から自由になり、その後ももし社会の中で生きていく道を選ぶなら、ひたすら謙虚に、つつしみを保って、

人さまの苦しみや世の痛みを自分なりに感じ取って、ひとつでも人さまの幸せに役立つ働きを果たせる人間をめざすことかと思います。



まずは、それぞれの選択肢を掘り下げて、具体的にどのような行動を取ることになるのかを調べる。

そのなかで、「やっぱりこれしかない、これで行きたい」と感じる選択肢が見えてきたならば、最終ベット(賭けて動く)ことになるのかなと思います。


どのような生き方も、本人が選んで納得する限りは正解になるので、ここで紹介した選択肢だけが正解というわけではありません。


理解を深めつつ、自分が納得のいく答えを見つけ出すことかと思います。


2026年1月

自分の足で立って生きる場所

この場所は、気持ちでつながる場所でありたいと思っています。

生きよう、学ぼう、頑張ろう、新しい可能性を探していこう、という思いで暮らしている人であれば、

いつでも扉を開いています。


この場所とのつながりや、この場所からお届けする言葉が、

一人で生きているよりも、ほんの少し、元気の源や学びのきっかけになると感じる人であれば、いつでも受け入れています。


この場所が苦手とするのは、たとえば、承認欲旺盛で「自分をキラキラに見せたい」的なオーラというか気配が露骨に伝わってくる時とかw、

自分のあり方を見つめるよりも、まだ人のあり方のほうに目を向けてしまっている時などです。


この場所が大事にしているのは、

自分の人生・自分のあり方をどうやって改善していくか、できることはないかを、前向きに探していこうというあり方です。

出口の見えない、怒りの餌にしかならない愚痴とか不満とか批判とか、そうしたあやうい蜜に手を伸ばしてしまうのではなく(世の中にはそうしたあり方を快とする風潮も強いけれど)、

そうしたあり方については、自分の心を漏らしてしまっていると気づいて、あるいは指摘されたときには素直に受け入れて、

誰だって、完璧・完全な人間なんていないし、なれないのだから、

つまらないプライドや自負を捨てて、つまりは素直に、謙虚になって、

せめて、今の自分に何ができるかと考えて、

この日々を少しでも自分にとって納得のいく方向へ近づけていこう、

という明るい方角を見ていこうと思える人を応援する場所です。


この先の世界、本当にどうなるかわかりません。

だからこそ、一人一人が自分の足で立って生きていく必要があります。



2026年1月

 

 

 

謹賀新年2026

興道の里から


2026年があけました

本年もよろしくお願いいたします


仏教では、一年の区切りは観念でしかなく、心そのものはつねに新しいという前提に立ち続けるので、こうした恒例のご挨拶も厳密には成り立たない というのが正しい理解である一方、

言葉というのは、すごく強い力を持っていて、毎日繰り返されていたはずの日の出も、「初の日の出だ」と思えば、神々しく輝いて見えるという効果があるのも、真実なので、

そうか、これが一年の最初の日の出なんだ、今日が一年の最初の日なんだ、

と思えば、あら不思議、なんだか心がピカピカに洗われた気がしてきます(どうでしょう?)。

初めての空、初めての食事、初めてのお風呂、初めて見る人(家族も含めて)、初めての自分・・

「初めて見る」という心がけで、今日一日、そして正月三が日を過ごしてみるのはいかがでしょうか^^。


というひねくれた野暮な挨拶はさておいて(初野暮?)、

この場所は、この世の中にひとつでも幸福という価値が増えるようにと願いながら、ささやかに活動して参りますので、

なにとぞ皆さま、この場所なりの新しい創造にご一緒いただければ幸いと存じます。


善き一年にいたしましょう
新年もよろしくお願い申し上げます


興道の里
草薙龍瞬&沙羅(猫)


2026年元旦



「与えない」という親の特権

いよいよ一年も大詰め。軽めの話題で流したいところですが、大事なことを、特に子育て中の親である人に向けて――

とにかく小中学生(15歳まで)は、勉強は手作業で。しっかり書くこと。

スマホ、タブレット、ゲームなどの「眺めて微反応」だけの機器はなるべく遠ざけること。


ゲームというのは、小学生くらいまでは友達との交流や反射神経を刺激する「遊び」たりうるけれども、

一定レベル以上の思考力が育った後、つまりは中学生くらいになった後からは、「依存」の要素が強くなります。

「遊び」として許容できる時期と、「依存」を警戒しなければならない時期とは、くっきり分かれる(違う)ということです。

しっかり区別すること。でないと、子供のその先(将来)が台無しになりかねません。

タブレットでは、脳を育てるほどの刺激は得られません。眺めて指で触れる程度。デジタルペンを使っても、ツルツルの画面内の情報を眺めるだけという状態は変わらず、

指先でペンを握って、感触のある紙に書き込んで、しかも筆圧とか力の強弱でダイレクトに筆感が変わるという脳刺激のバリエーションには、到底及びません。

脳を育てるには、一定レベル以上の刺激、それも五官を使って、しかも一つの器官(視覚や聴覚)のみではなくて、複数の感覚器官を同時に刺激するほうが、はるかに効果的なのです。

ひとことでいうと、ラクをさせてはいけないよ、ということです。これは親に向けてのメッセージ。


スマホは、「遊び」の道具と化してしまうリスクが高いから、取り扱い要注意の部類に入ります。アルコールと同じとまでは言わないけれど、安全無害な器具ではありません。

便利だからとか、連絡を取りやすいからとか、周りがみんな持っているから程度の理由で、ホイホイと安易に与えたが最後、

「遊び」に引きずり込まれて抜け出せなくなる危険が高いのです。


十代という歳月は、「将来への準備」に使うべき、重要な、一度失ったら取り返しのつかない期間です。

五官を通して、脳を育てて、将来、どんな働きを果たして身を立てていくかを考える、そのための準備を、何年もかけてやらねばならない貴重な期間です。

大人以上に時間(何をして過ごすか)が決定的な意味を持つのが、十代の子供たち。安易にスマホを与えるべきではないし、ゲームなどへの耽溺・依存(長時間のを許容すべきでもないと個人的には思います。

必ずルールを作ること。時間に上限を決めること。有限の時間を何に使うか、きちんと決めて管理すること。

親が力を発揮しないで、子供だけで自分を管理できるはずはないのです。自分のあり方を客観視する力も育っていないし、将来もまだ見えていない。「やりたいようにやらせる」ことは、正解には(ほぼ確実に)なりません。

今という時間をどのように過ごすのかは、身近にいる親が働きかけるしかないのです。


スマホについては、いろんな意見・考え方があるとは思いますが、ひとつの提案としては、

1)中学生まではスマホを与えないこと(失うもののほうが多いし、必要性が乏しいため)。

2)もしどうしても欲しいというなら、何に使うのか、必要性をきちんと聞いて、「ならば一度バイトして、スマホの機種代と通信費を稼いでおいで」と伝えること。

バイトできるのは高校生からだから、原則として「スマホは高校生から」。つまり中学生までは与えない。高校生になって、本人が「どうしても」というなら、スマホを持つことも検討する。

ただし、子供の日頃のあり方を見て決める。将来への準備につながることをやっていない様子なら、スマホは許可しない。

「今でさえ自分をコントロールできず、将来への準備もできていないのに、スマホなんか持ったら、もっとダメになる決まっているでしょう(そうでないとどうやって言えるの)?」と伝えていいのでは?

バイトまたは家事をする。きちんと時給計算して、働いて稼ぐとはどういうことかを体験してもらう。

「自分で稼いだお金を失う」ことを体験して初めて、お金・時間の使い方を考えるようになるのです。

3)自分で稼いだお金でスマホを買うというなら、まずは1か月のお試し。それをクリアできたら、3か月に延長して、様子を見る。

4)自分を管理できることが確認できたなら、「将来への応援」として親が負担するは可(ただし親がお金を出す以上は、親の観察下に置くことは了承してもらう)。


これくらい、きちんと段階を経て、ただの遊びや依存ではなく、日常で使う道具として使いこなせるように促していくのです。

こういうのは、厳しいのではなく、当たり前のこと。「手を伸ばせば、いじれてしまう」至近距離に、これほど洗練された「おもちゃ」があることが、子供の脳と未来にとって、どれほどのリスクか、親はしっかり自覚しないと。

何も考えずに与えている親が多すぎる印象があります。「子供の脳・時間(生活の質)・将来への影響をきちんと考えていますか?」ということです。


時間の使い方を学習することも、子供時代になすべきこと。自分の将来をも考えて、バランスの取れた生活ができるようになることも、子供にとって大事なこと。

そうした部分が守れないうちは、絶対に「与えない」こと。

「与えない」という選択ができるのは、親が親でいられる間のみです。親の特権。堂々と行使することです。


子供が何を訴えても、買い与えるのはまだ親なのだから、親が「与えない」ことを選んだならば、子供は何も言えないのですよ。「まだ言えない」現実を体験することもまた、どれほど大事か。

「親の選択に不満を持つなら、大人になって自分で稼ぎなさい(そのための準備には最大限応援するよ)」という当たり前のことを伝えるだけです。


安易に与える親が多すぎます。

結果的に子供を弱くし、将来の可能性さえ掘り崩している。


そう感じませんか?

「与えない」ことこそが当たり前だという認識に立つことも必要なように思います。

真剣に、考えてみてください。








『ブッダを探して』をどこに託すか

『ブッダを探して』(中日新聞・東京新聞連載中)は、

2026年3月をもって連載終了。

仏教とは何か、出家という生き方とはどんなものか、

日本、インド、ミャンマーと舞台を変えて描き出す、異色の作品です。全編実体験。

単行本にまとめる作業が残っているので、どこかの編集者さん・出版社様との新たな出会いを待とう思います。

ノンフィクションであり、旅物語(紀行文)であり、文芸色も濃い作品なので(しかもイラストつき)、

そうした系統の作品への理解と思い入れが深い、編集者さんと出版社に託することができれば、と思います。


著者側から当たれる関係性(ツテ)はあるのですが、それでは面白くない気もするのでw、

 

今回はあえてオープンにしようと思います。


これから旅(物語)が始まる――

 

という予感に満ちた表紙にしたいと考えています。 

 

2025・12・27



自我への誘惑と突き破る努力

『反応しない練習』を最近読んだという方に向けて

「コレは!」と感じるものがあった人は、じっくり腰を据えて実践を続けることをお勧めします。

なるべく他の本もしっかり読んで、自分についての理解を深めてください。そして、「どうすればいいか」という具体的な方法を実践してください。半年、一年と。


多くの人は、自我(自分への執着)への誘惑に駆られた精神状態で生活しています。

だからこそ、そもそも本を読まない(学ぶ必要性を感じていない)人も世の中には多いものです。それは自然なこと。必要性を感じていないのだから、どのように生きるのも完全に自由だし、本人にとっては正解です。

他方、少しでも課題を感じている人、さらには明らかな悩みや苦痛がある人は、どこかに解決のヒントを探し始めるものです。

手っ取り早く動画やSNSやインターネット、生成AIに当たる人も多いはず。ただ、こうした世界は、お手軽な情報が手に入る便利さはあるけれども、やはり「それだけ(情報止まり)」で終わることがフツーです。

スマホやパソコンの画面を眺めて得られる情報には、自我への執着や妄想を突き破る力はありません。

それは本(活字を読むこと)でも同じですが、ただ、本の場合は、最初から最後まで一貫した書き手の視点で情報を追っていくという、それだけでも大きく違う作業が必要になります。

一貫して情報を追うというのは、それだけ能動的な知的作業が必要になる。しかも最後まで読み通すというのは、動画を断片的に眺めることでは得られない「視点をもって」、明確に限定された範囲内の情報に触れ続けることになる。

一定の知的作業、いわば心(脳)の姿勢みたいなものが一貫して必要になるので、得るもの・残るものも、それだけ(動画を眺めるだけに比べれば)深くなるのかもしれません。「頭を使う」ということでもあります。


そして、そこで得たものが自分にとって価値があると思ったら、しっかり言語化するか、行動に移して「習慣化」していくプロセスに入ることになります。

そのプロセスに入らないと、すぐに自我への執着・妄想モードに戻ってしまう。

自分のままに留まるか、自分を越える可能性へと踏み出すか、二者択一だということです。

だから、一冊の本を読んで「これはいい(価値がある)」と思ったら、まずは行動し続けること、実践を続けること。

そして、一冊の本には語られていない別の知識や情報や智慧(方法)があるかもしれないと考えて、同じ書き手の別の作品に手を伸ばす、という作業が必要になります。それこそが、深める、掘り下げるということです。



ですので、前向きな感想を送ってくださった方にお伝えできる次のステップは、「他の本も読んでみてください」ということになります。

相談に来る人たちに必ずお伝えしている、たとえば『大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ』(筑摩書房)を読んでみてください。

読まない人があまりに多いのです(それはそれでいいのだけれど^^)。

『反応しない練習』は入門編。たしかに読みやすい。でも自我への執着を突き破るところまでは進めない。

草薙龍瞬の作品は、同じことを書いていません(本質は共通しているけれど)。必ず新しい発見・学びが得られるように作っているので、一冊読んで「コレは!」と思える部分があったら、今こそ千載一遇のチャンスだと思って、ぜひ読んでもらえたらと思います。



(宣伝ではありませんよ、それだけ大事な、新しいことが書いてあるということです笑)。



2025年12月23日


北九州小倉 松本清張と作家たち


翌朝は歩いて駅まで。夜とは表情が一変するさわやかな朝の風情も楽しい。

西小倉駅で下車。今日のお目当ては、松本清張記念館。館の入り口には、清張先生の全作品の展示が。長短編あわせて千点を越えるとか。
 

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いや、すごい数。ちなみに私の本を並べたとしたら、すみっこの小さな一角に収まってしまう(※ここだけ撮影可能スポットでしたw)。


清張の作品は、小説、ノンフィクション、事件簿、評伝、古代史、現代史と幅広い。この人の場合は、人間の醜悪や矛盾を、ニュートラルな目で観察し、洞察して、それを一つの物語として再構築できる。

私なら、人間の性(さが)を直視する前に虚しさを覚えて目をそらしてしまう。人の闇を暴いたところで、人間は変わらないし救われない、と結論を急いでしまうのだ。

清張は人間という種を知り尽くしたかったのだろうか。なぜそこまで人間に興味を向けたかは、展示物を追っても今一つ見えてこなかった。幼い頃におそらくごく小さなきっかけがあったのだろうと思うが、はて清張の自伝などには、そのあたりのヒントが語られているのだろうか。

いささか哀しかったのは、これだけの知と表現の巨人がいるにもかかわらず、今の時代に清張の作品を愛する人たちは、年々減り続けているだろうことだ。清張が抉り出そうとした戦後日本や人間の闇というものを、清張の作品を通して丹念にたどろうとしている読者は決して多くないように思うが、どうなのだろう。

清張と同年代でもない人々にとって、戦後の昭和史は、もはや遠い歴史に過ぎなかったりする。今の時代は娯楽はいくらでもあるし、世間は刻々と変わっていくから、清張の作品が顧みられる機会は、今後も着実に減っていくだろう。化石と化して、やがて風化していく。

そのことが哀しく、虚しい――そうか、こうした思いが、過去の私の足を止めたものだったのだ。どうせ何をしても無駄ではないか、という思いだ。


清張は40を過ぎてデビューして、82歳になるまで人間を抉りぬく営みを続けた。鬼神とも喩えうる熱量。

原動力は本人いわく「疑い」であり「底辺から見上げること」だそうだ。出家のひねくれ根性とも似たところはあるかもしれない。

杉並・高井戸に一軒家を構えて、膨大な資料を所蔵していた。その書斎の一部が復元されていたが、途方もない蔵書量。

自分と同等の熱量を編集者にも求めたとか。編集者としては戦々恐々だったろうが、稀代の知の巨人とまみえることができる僥倖も感じていたことに間違いない。


清張の人生の前半40年にわたる貧困と下積み時代は、本人にとっては「濁った暗い半生」だったという。その暗い蓄積があったからこそ、後半生の鬼のような執筆活動が可能になった。自身が体験した混沌を言葉によって濾過していったのだ。

なんとなくわかる気もしなくはない。みずからが体験した混沌や葛藤や矛盾や苦悩というのは、言葉を通して外に出すことで、浄化されていくのである。過去が心の外に排出され、過去の自分が客観的な他者になっていく。心がとらわれなくなる。書くことで、人生全体にわたるカタルシスを得るのである(『ブッダを探して』を通して、微小な規模で自分も体験している)。

いや、凄まじい人生。持て余すほどの熱量を調査と思索と執筆に全力で注ぎこんだからこその巨人ぶり。このあたりは司馬遼太郎や大宅壮一にも通じる。

彼らのような創作の巨人は、もう出てこないかもしれない。



北九州市立文学館にも寄ってみた。この土地出身の作家を紹介展示しているのだが、その数がすごい。

個人的に興味を引かれたのは、自作の紙芝居を子供たちに見せる活動をしていた阿南哲朗という作家。

子供への読み聞かせもいいかもしれない。高校生であれば、硬派の評論文を感情込めて力づよく朗読するのもいいかも。音抜きの外国語が絶対に身につかないように、抽象的な文章も意志がこもった朗読を経ないと、心に入っていかないだろうと思う。語学・国語が苦手なまま終わる人というのは、音を通すという体験を欠いている可能性がある。



北九州という小さな土地に、こんなに多くの作家がいたとは。交易盛んな国際都市であり、多くの異なる他者が入り混じっていた。そこに言葉があれば、これほどの思索と表現が生まれてくる。

この土地で生まれた創作すべてを包摂する文化とでもいうべき現象の全体が、まるごと人間の営みが作り出す芸術作品だ。圧巻の土地。

夜に新門司駅からバスで港へ。フェリーに乗って大阪まで。翌日は奈良入り。


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明石海峡の朝焼け



2025年11月15日





大分築城 暗がりをこよなく愛す


映画の後は大分の街をてくてく歩く。西側に広い森があるらしいが、歩ける距離でもなさそうなので、駅前の芝生広場の陽光を堪能することにした。

世界は平和が一番。それだけで、あとは宝石以上の美しい自然が彩りを与えてくれる。おかしなことをして調和を崩しているのは人間だけ。つくづく病気の生き物だ。

土曜ということで宿が見つからず。唯一残っていた鈍行しか止まらない築城という小さな駅近くの宿を予約。

駅からずいぶん歩かねばならぬため、運よく残っていたらしい。だが降り立ってみると、駅から遠いことがかえって出家ごころに合っていることが判明した。


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大分県・築城(ついき)駅
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駅を出て、誰もいない夜道を歩く ああ幸せ(笑)

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誰もいない踏切 ああ楽しい(笑)


見知らぬ夜道を妖しい恍惚を感じながら歩き続ける。踏切を渡り、国道沿いをひたすら歩いて、はて道を間違えたかと思ったあたりで、ようやく到着。

宿は駅近がよいかと思っていたが、そうではなかった。むしろかなり歩く距離のほうが、途中の景色を楽しめると今回学んだ。

「誰もいないところに自分一人」というシチュエーションに胸が躍るのは、やはりこの身は夜行性ということなのだろう。


夜道を歩きながら感じたが、出家にとって娑婆の世界は、あまりに混沌としている。自我猛々しくておっかなすぎる場所である。だからできることなら、誰にも見つからない場所で、ひっそりこっそりと息を潜めて暮らしたいものである。

出家という種族は、昆虫にたとえればダンゴ虫であり、架空のキャラクターにたとえれば、ヴァンパイアみたいなものかもしれない。いや、決して生き血を吸わねば生きていけないということではなく(笑)、昼間より夜の暗闇を好み、人目がつかないところで半永久的に生きていくところが、なんとなく似ているように思えなくもない。

出家の場合は、肉体的にはもちろん老いるわけだが、精神的にはあまり歳を取らない。そもそも世俗から遊離したところがあるし、妄想しないから老いた気がしない。

ヴァンパイアといえば、真っ先に思い浮かんだのは、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』のトム様とブラピ様なのだが、喩えとしてさえ並べるのはあまりに恐れ多いので、

自分のキャラに近い夜行性動物は?と宿で調べてみたら、

フクロウ、タヌキ、キーウィ、ツチブタあたりが出てきた。ツチブタ・・。

そういえば、見た目がレッサーパンダに似ているとかつて言っていた人がいたのを思い出したので調べてみると、

レッサーパンダも夜行性で、明け方・夕方に活発になるらしいが、環境に合わせて昼間に活動することもあるらしい。なるほど近いかもしれない。
 
(自分寄せの話題、すみません) 


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2025年11月15日

この場所はダンゴ虫

 いよいよ2025年も師走に突入。

来年の展望は、改めてお知らせしますが、大まかな方針を言葉にしてみると、

子供たち向けの寺子屋活動を軸にして教育系の本を書いていくとか、

講座をペースメーカーにして仏教研究(原始仏典のアップデート)を進めるとか、

子供向けに漫画で仏教や生き方を解説するとか、

絵本を描くとか?

 

いずれにせよ、生産性をもっと上げないと。しかも新しい方向性に向けて。




そもそもこの場所は、自我や欲望の真逆を突き進もうという変わった場所。

ときおり、オンライン・サロンを開きませんか的な提案や、露出を促すWEBメディアからお声をいただくのですが(とてもありがたいことだと思ってはおりますが=人=)、

そうした場所をのぞいてみると、顔、顔、顔、顔、顔・・・みんな晴れやかでにこやかで、ワタシ頑張ってます(キラキラ☆)感全開で・・

ああ、それだけで気疲れしてしまいます(笑)。


今の時代は、SNSも含めて、どこも「見て見て」意識で作られていて、そうした自意識がお金になっていて。

 

自意識からの自由をめざすこの場所とは、根底にある価値観にズレがあるような気がします。


この場所は日陰が好き。裏道が好き。石の下にうじゃうじゃと身を寄せるダンゴ虫的な世界を好むのです(笑)。


この場所は、時代からも、世間からも遊離した場所。

「入った途端に違う世界を感じる」ような、それくらいの場所をめざしてもよいのかもしれません。


この世にあって、この世を越えた場所、

この世にあって、この世に見つからない場所。

寺子屋の跡地を尋ねて昔を想うように、

「昔はこんな場所もあったのかもしれないね~~」的に遠い目をして想像してもらえるような、

今の時代にあって稀有な、ある意味実在感のない不思議な、人里から遊離したような場所であってくれたらとも思います。

 

 

 2025年12月

 

 

自分で生活を始めたいという人に向けて

社会から長く離れて過ごしていた人から、

社会復帰したいという希望や、実家を離れたいという思いをお寄せいただくことがあります。

状況は人それぞれに違うので、簡単なことは言えないのですが、大まかな方向だけ言葉にしてみると、

社会に出ていくというのは、長く入院していた人が日常に帰っていくことに似ている気がします。

入院していた間に筋力はものすごく衰えているから、リハビリが必要です。

「自分の力でリハビリしよう」とはあまり考えないのではないかな。たいていはその道のプロの人に助けてもらうところから始めると思います。

社会復帰というのも、おそらく似たところがあります。自分の力だけで復帰しようにも、これまでは自分自身が重かったから、社会から離れて過ごしていたことになります。

だから、重たい自分の力で自分を動かそうとしても無理。すべてがしんどく面倒なことに感じて(打たれ弱くて)、結局元に戻ってしまう可能性が高いように思います(入院中のベッドに戻ってしまうようなもの)。

だから最初は、すぐに社会復帰しようと考えないで、自分以外の人たちがいる場所に「なじむ」ことから始めることではないかな。

地元の就労支援センターとか? 独り立ちするための支援をしてくれる行政プログラムをとりあえず体験してみるとか。

多少人に慣れてきたら、軽めの仕事でもいいし、職業訓練を受けてみるのもありかとも思うし。

最初は慣れること、体験してみること・・・何も考えずに。欲張らずに。小さいところから。

どんな体験もプラスにしかならない、とりあえずやってみる、そういう思いから始めるのです。


気をつけたいことは、最初が一番おっくうで、面倒で、つらいかもしれません。ただ、だからといって、戻っても、その時に見える景色はもう十分見てきているから、意味がない・・そう思えるかどうか。

もうひとつ気をつけたいことは、持ち前の欲張りが出てきてしまって、「すぐ復帰」「すぐ稼ぐ」「すぐ一人前」「できればもっと上の、ひそかに願っていた理想の自分」になろうとしてしまうこと。

そういう欲(求めすぎる心)に飛びついてしまうと、その欲をもって、目の前の人、場所、そして自分自身に反応してしまって、

不満を感じたり、失望したり、焦ったり、「うまくいかない」と思い込んで、結局元に戻ることを選んで(正当化)してしまいがちになります(理想の壁を自分で大きくしてしまうほど、障害が増えてしまう)。

リハビリは、脚を動かすところから。それができれば立ってみるところから。「ずっと入院して寝たきりだったのだから」と思えるなら、そういうチャレンジにも入っていけます。

社会復帰も同じことじゃないかな。少しずつ。まずは外へ。そして、人へ。外で人と過ごすこと。何かをやってみること。

まずは1日、そして3日、5日。半年くらいかけて、少しずつ。


やってみてほしいなと思います。




2025・12・7


【日本全国行脚・秋】大分臼杵・摩崖仏と里山


レンタル自転車で次に向かったのは、臼杵摩崖仏群。

バス利用も考えたが、平坦な道だというので、チャリで行ってみることにした。こういうところで運動しないと筋力が衰えていく。というかバス利用を考えてしまった時点で、心が若干衰えているのかもしれない。

結果的に正解だった。広い国道沿いを走っただけだが、それでも地元のお店に民家に、秋色づいた野山を眺めることができた。ちょうど快晴で秋の空気が澄明で心地よい。

石仏も見ごたえがあった。平安から鎌倉末期にかけて、京都・奈良の一級の仏師たちがやってきて、寺の造立にあわせて掘ったそうだ。

想像するのは、仏師の一人として旅して、石仏彫像に入れ込むもうひとつの人生。九条家や天台宗僧侶としての人生ではないのだ。快作をめざしてノミを振るう自分が目に浮かぶ(笑)。


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たしかに造りが精巧だ。ミャンマーにも石仏はたくさんあるが、造形の妙はやはり大陸由来の日本の石仏のほうがあるような気はする。

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私が仏師なら「あの裾のカーブがうまくいかなかったんだよな~」なんてこぼしたりしたかもしれないが、誰も目に留めない。そんなものだよね、うん。

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美仏内閣なるお遊びも。大日如来が首相というのは、やはり天台宗のお寺だからということか(マニアックな感想?)。


最も眼福潤ったのは、敷地内の公園だ。赤いコスモスが可憐に咲いていた。地元の方々の心づくしが身に沁みて伝わってきた。

見惚れてしまうほどの絵画的な美しさだ。ほどよく田んぼと民家がちらばっていて、里山の一部を作っている。この風景を見るだけでも、来た甲斐がありすぎるほどあった。


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いやせつなく美しい。こんな世界に生きている至福には感謝するしかない。


臼杵城址をまわって本日の締め。もう一度訪れたい。次は春か。

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臼杵城跡から。あの窓の一つ一つに人生がある。 
みんなどんな日常を生きているのかな、生きてきたのかな。


*商店街の中にフリースクールがあった。いつかお声をかけてください。


2025年11月14日



あえて親を親と思わないこと


どの場所での法事も同じことだが、やはりその土地や一族の業というものを感じ取って、その業を断ち切るための理解というものを明らかにすることが、基本になる。

“見える”ものは、伝えることもあるし、今後の因縁に委ねようということで秘して語らないこともある。

業の力が強いと、その影響は一代では終わらず、次の代、さらに子々孫々へと続いていくこともある。

だが救いでもあるのは、人間というのは凄まじく生命力が強くて、その未来に向かう力は、負の業の力にも打ち勝ちうるほどに強力であることも多いことだ。

つまりは、負と正、陰と陽、悪と善というのは、どの時代・どの場所・どの一族においても、せめぎ合っているものだが、後者のほうが勝っていくことも、さほど珍しくない確率で起こるということだ。

苦しみをもたらすものが悪の業だとしたら、幸福をもたらすものが、善の業である。

どうした場合に善の業が育っていくかといえば、代表的なものを挙げれば、子の幸せを願う親の純粋な愛情であり、悪を繰り返さないための忍耐や自己犠牲だろうかと思う。

「子供にだけは苦しんでほしくない」
「この業を子に受け継がせたくない」
「この苦しみは私の代で終わらせる」


といった強い思いを持てる誰かが出てきたときに、悪の業を善の業が上回る可能性が出てくる。



悪の業を長引かせる原因の一つとなりうるのは、その業を持った人間に執着することによって、負の業を繰り返す可能性を宿してしまうことだ。

その可能性は、自分の人生に出てくるとは限らない。別の部分に、想像もしなかった意外な場面で、不意に現れることがある。悪の業が未来への可能性を枯らし始めるのだ。

最も正しい選択は、悪は悪として冷徹に理解して、斬って捨てることだ。親として子としての情は要らない。

肉親だからこそ執着して、さまざまな“夢”を見てしまうものだが、その夢こそが、悪を悪として見抜く心の眼を濁らせて、代わりに悪の業が生き延びる土壌を育ててしまうこともある。

最も望ましいのは、「親を親として見ない」態度だ。ただの人として見る。そもそも血のつながりなど、生物学的も存在しないのだから(母親の血が胎児に流れ込むわけではないのだから)、親だった人間をあえて他人と見て、一切夢を見ず、執着せず、自分がその人の子であるという思い(妄想)をも切って捨てて、ただの人間として見ることが、正解なのである。

いわば、善も悪も、いったん自分の外に置いてしまうこと。そのことで自分が自由になれる。業さえも選べるようになるのである(かなり難易度の高い話ではあるが)。

悪は悪。だが遠い悪であって、今の自分には関係がない――それくらいに思える境地に立てるならば、あとは前を向いて生きていくだけで、悪の業が希薄化していく可能性も出てくる。

くれぐれも執着しないことだ。


業とは心のクセ・反応パターン

いわゆる性格や慢性的気分です

つい繰り返してしまう、

自覚があまりない、

そして

親から子に受け継がれる

ことが特徴です

詳しくはこの本をぜひ読んでください(筑摩書房から)

 

闘えるうちは闘うということ

 
個人相談会と並んで、「隠れ相談会」というのもやっています。

ご連絡内容を聞いて、心身だけではなく経済的にもラクではない状況(誰しもそういう時はあります^^)だと知った時に、こちらから声をかけて、お代無料で相談の時間を作るというものです。

この場所が最大の価値とすることは、その人が課題を克服して、前に進んでくれること。

前に進むとは、自由になること、心が軽くなること、喜びが増えること。

その可能性がある限りは、応援したいという思いでいます。

この場所は、こちらの都合で動くことはありません。あくまでその人の姿を見て、必要なこと、できることはないかと探して、見えたものを差し出して、背中を押す場所です。

課題・苦悩というのは、人によって違います。同じものは存在しない。

自分と比べて、誰かの悩みは軽いとか、誰かの苦しみは重いとか、そういうものではありません。

みんな一生懸命生きているし、闘っている。どんな悩みも苦しみも、その人の目の前にあるということは、その人にとって、それが最も切実な悩みだということです。

命に軽重がないように、悩みや苦しみにも、軽い重いはないのです。


すべての悩みには、解決策が必要です。というか、解決できるように、体を、心を調整していかねばなりません。

苦しみを増やさないこと、できる範囲で苦しみを減らすこと。

なにかしら可能性がある限り、つまり、できることがあるかぎりは、それをやる、というのが ”闘い” という言葉の意味です。

闘えるかぎりは、闘ってほしいというのが、この場所の素直な思いです。可能性がある限り。

今回相談に来た人たちは、闘うべき相手・闘うべきテーマがあって、闘う方法もある人たちでした。

中身は違うけれども、どの人の悩みも壮絶。でも方法はある。

ならば、闘うべし。

しんどいとか疲れたと感じる人は、無理しなくてもよく、手放すことが正解になります。

ただ、それでもまだ使える体と心と時間が残されているならば、やはり闘って、つまりは試してほしいとは思います。

闘える間は、闘いを選ぶ、つまりは自分にできることをやる。

それができると思える人には、この命は”応援”したいと思っています。


◇◇◇◇◇◇

明日26日は愛知で講演会。12月には宮城、岡山を訪問します。

相談してみたいことがある人は、お声がけください。



2025年11月25日
・・・・・・・・・・・・・・




大分中津 福沢諭吉記念館

門司から中津に向かう。車内で、通学途中の高校生たちと一緒になる。9割方はスマホ、1割は参考書。スマホは常習化した感がある。

スマホのない空白の時間を体験している世代としては、ほんとにこれでいいのかなという疑問もなくはないのだが、

片や参考書を眺めている殊勝な高校生たちの姿を見ると、中身のなさそうな勉強に時間を注いでも、あまり実のあることはアタマに残らないだろうし、未来の足しになるとも思えない。

要するに、スマホも参考書も、正直意味がないのではと思えてしまう。

とはいえ、スマホをダラダラ使っても、知能は育たないであろうから、こうした時間を延々と過ごして脳が溶けていった(思考力が劣化していった)先に、どんな人生が、そしてどんな社会が待っているのかは、今の時点ではわからない。せめて実のある時間の過ごし方について提案するくらいのところまでは、やってみたいものだと思う。



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中津駅を降りると、福沢諭吉先生の言葉が
使えない学問には意味がないということを仰っておられます

 
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福沢諭吉旧居 移築したそうです


下級藩士に当たる諭吉の父は、米を管理する役人として大阪に出向していたが、諭吉が2歳の時に亡くなった。その後、母と兄と3人の姉一緒に中津に戻ったが、身分が邪魔したこともあって、藩校にも行けなかった。

後家さんとなった母のお順も、何かと噂を立てられたかもしれない。だが道を歩く浮浪者のような女性を呼び寄せて、頭の虱を取ってあげたうえに、取らせてもらったお礼にと握り飯をふるまったそうだ。

無理解な田舎の人々に囲まれながらも、善良な人間でありつづけた。これこそ諭吉の独立自尊の原点かも?

諭吉は、周囲の大人たちの偏見や狭小さに、さぞ悔しい思いをしたのろう。だからこそ理にかなった学問に憧れたし、のちにすべての人が平等にして自由だという近代の思想を、自分の言葉として語ることができたのかもしれない。

諭吉は家父長制にも批判的で、女性の地位向上にも理解を示した。弱者の視点を持つ、時代の先を行く人、本当の頭の良さを持った人だったと見た。



諭吉が腐ることなく知力を伸ばせたのは、地元で照山先生(白石照山)に出会えたことが大きかったらしい。照山先生は二十代後半に江戸に出て、昌平黌(昌平坂学問所)で学び、29歳で中津に戻って私塾を開いた。30代からは藩校・郷校で教えて、明治の学制移行後は、57歳にして再び私塾を開いている。

照山先生も下級藩士で反骨の人。藩上層部にモノ申して追放されたとか。諭吉に通じる部分かもしれない)。

出会った時は、諭吉は14歳、照山先生34歳(若い)。多感な年頃に諭吉が触れた「学問」は衝撃だったろう。

察するに当時の教育というのは、教える側の情熱と知識と、いかに時代を切り開いていくかという思考が備わっていた気がする。知識を得て、考えて、行動に移す。

私塾を開くのも、政治の世界に打って出るのも、当時は一本の線の上にあった。思想という線である。


思想に目覚めた諭吉は、19歳で長崎に出向いて蘭学と出会い、さらに大阪・適塾に赴いて、緒方洪庵のもとで蘭学を掘り下げて、25歳でアメリカへ。広大なユーラシア大陸も旅している。どんな景色を各地で見ただろうか。

記念館に諭吉のノートが展示されていたが、文字も図もきわめて緻密。諭吉は 『蘭学事始』 以外にも多くの書物を筆写して学んだそうだが、「書き写す」ことは集中と銘記(記憶)に直結する。書いて覚えるという基本の積み重ねが、諭吉の知力を育てたのだろう(緻密に書く時間を教室でも設定することだ。緻密に、ていねいに、心を尽くして書き写す。まずは5分)。

31歳で出した『西洋事情』が15万部のベストセラー。当時の人口は4000万人弱だから、今の感覚でいえば50万部くらいの大ベストセラーか。33歳で復活させた私塾が、のちに慶応時義塾大学になる。37歳で著した『学問ノススメ』は、300万部の超ベストセラー。社会現象といえるスケール。

福沢諭吉を主役にすえれば、壮大な大河ドラマが作れそうなのに、まだ実現していないという。諭吉の人間性・感情面を掘り起こしきれていないことも、一因かもしれない。


歴史上の人物には、その魅力が埋もれたままの人がまだ相当数残っているのではないか。人間として、想像を尽くして、その人物の内面に迫らないと、本当の姿は見えてこない。

その人の感情、人格、感性、陰影、反骨といった個性こそが思想を作る。本人には突き動かされるエネルギーがあったはずだが、時を経て歴史上の人物として眺めるだけの後代の人たちは、本人が成し遂げた形だけを見て評価を下す。

あれやこれやをやった偉い人という位置づけで、高いところに祀り上げて満足してしまう。そうして本人の熱量も思想も抜け落ちて、一見立派な形だけが残ってしまう。

未来の人々は、その形のみを見て、本人を知った気になってしまう。その人の心の奥を想像しようとしない。未来を見据えて突き進んでいたであろう本人のことを、過去形で眺めてしまうのだ。急速にその人が”化石”と化していく。

思想を遺すは難しいということなのだろう。諭吉の思想は現代にどれほど残っているか。

思想を掘り起こすのは、後代の人々の想像力だ。想像力が枯れた時に、歴史は形骸と化し、思想は力を失う。想像することは一つの技法であるから、きちんと教えないと次の世代に続かない。教育とは「教える」ことではないのだ。一つは「想像を促す」ことなのだろうと思う。


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勉強なんて意味がないとか、学校が嫌いとか、本当にもったいない
自分の限られた体験や価値観をもって、学ぶ・生きることの意味を矮小化してしまっていないか
意味のある、楽しいと思える学びを始めればいいじゃないか 自分の力で



2025年11月12日