本質を駆逐する者は誰か~数学とAI


寺子屋で使う資料から:

◇◇◇◇◇◇◇◇

 このレターは、AIが数学の未解決問題の解決を競う動きに対して、フィールズ賞受賞者を含む世界のトップ数学者25人が発表した公開書簡(宣言)です。

1)数学的思考の本質を語っている部分に下線および強調をつけてあります。
2)なぜAIによる解決の動きが、数学の発展にとって有害になりうるのか、理由となっている部分を見つけてください。
3)最初に原文(英文)、次に日本語訳、末尾に補足情報を記しています。
4)AI(Gemini)翻訳を土台として、公開レターという性質に沿うように文体・表現を適宜修正しました。 日本語として意味が通りにくい部分は修正(意訳)を施しています。 ( )は単語の別訳です。意味を補うために必要な箇所に(※ )を付記しました。
5)英文を読む時は、意味がわかるかを確認し、「自分が書いているつもりになって」次の言葉を予測しながら読むと力がつきます。
6)日本語訳を読む時は、まずは意味を理解したうえで、(将来海外留学を考えている場合は特に)英文を自分で作れるように、日本語を見ながら英訳することを試してみること(※一部分だけでOK)を勧めます。


英文は省略
原文: 



数学におけるAIの深刻な不一致

 ここ数ヶ月間、大規模言語モデル(LLM)の数学的能力は劇的に向上し、数学のさまざまな分野における主要な未解決問題を解決できる領域に達しています。しかしながら、AI企業が(※開発の)ベンチマークとして数学的問題の解決を推し進めることは、数学という科学および数学コミュニティにとって有害だと考えます。AI企業がめざすものと数学コミュニティの目標に、深刻なまでにズレ(不一致)が生じているからです。我々はこの事態を、他の科学や創造的な職業、ひいては社会全体に影響を与える、より広範囲にわたるアライメント(整合性)問題の一部であると捉えています。   

 数学研究(※学術的数学の特質)は、形、数、そして自然現象に関する基本的な構造を理解することにあります。何世代にもわたる歳月を通じて、数学という景観(全体像)を見通す(深く理解する)ために、洗練されたアイデア、方法、概念の抽象化、その他のツール(手法・手段)を含む広大な体系を築き上げてきました。現代のあらゆる技術や科学は、こうした数学的ツールの上に(※結果として)成り立っているのです。
  
 著名な問題(※数学上の難問)は、この景色(数学の全体像)への理解がどれだけ深まったかを図るための目印や灯台として機能してきました。ひとつの問題を解決することは、新たな洞察や興味深い手法が見つかった確かな証拠(指標)であり、そこから数学者コミュニティによって、対話、議論、簡略化を含む 長期かつ厳密なプロセスを経て、精査(検証)されます。その最終的成果の一つとして、大学院生や学部生が学ぶに適した教科書的記述となり、またある数学的アイデアの一部はさらなる旅(※知的探求・思索)を続け、数十年あるいは数百年後に、全人類に理解され活用されるツールになるのです。

    数学コミュニティは、多くの面において、人類(人間性)の縮図として機能しています。それは、多種多様なアプローチを用いる、核心的価値によってつながった個人によって成り立っています。私たちの職業における最も貴重な資源は、学生(学び手)とアイデアであり、私たちは最大限の配慮をもって育ててきました。彼らがその潜在能力を最大限に開花させ、数学の世界で自立して生きていけるようになるまで、私たち(※数学教育者)には責任があります。 私たちはよく学生たちに問題の検討を勧めます。研究やその他の分野での発展につながるスキル(知的技術)を身につけてもらおうという明確な意図を持ってです。 一つのアイデアは、対話(日常会話)や私的な議論、慎重な執筆(※書き言葉の共有)を通じて共有され、先人たちのアイデア(考察)と関連づけられていきます。こうしたプロセスには当然時間がかかり、また人間同士の相互作用(交流)が欠かせません。

    ここ数ヶ月、AIによる主要な数学的難問の解決は、数学界の外でさえ大きな見出しを飾っています。しかし問題を解くことは、概念的な理解と洞察という本来の目的を達成するための手段あるいは代用品(プロキシ)に過ぎません。AIの世界においてこのことを忘れてしまうと、手段をもって本来の目的を覆すことになりかねません。実際、「正しい/間違い」というステートメントがますます速いスピードで大量生産されることは、新しいアイデアに生命を吹き込むどころか、その肥沃な土壌(※知的営為の基盤)を破壊しかねないのです。

    こうした解決策はしばしば性急に発表され、正確な記述、新しい手法やアイデアの焦点化(浮かび上がらせること)、関連する先行研究への参照を行う時間が飛ばされてしまいます。すべての創造的な職業と同様に、こうした事態は、権利の帰属(クレジット)や剽窃に関する深刻な疑問を投げかけるものです。それだけではありません、数学の体系(カノン)への発展や統合に敬意を払おうと意欲する数学者たちが不在となれば、AIが考案したアイデアは、決して完全に生きたものにはならず、決定的に重要な数学者間の継承の連鎖が失われてしまいかねません(※AIの計算だけが残り、その価値を理解する者・未来に引き継ぐ人間がいなくなってしまう)。

    我々が目撃しているのは、知的営みに対する広範囲にわたる脅威です。AIの利用がもたらすものと(知的営為)本来の目的との不一致です。これまで、多くの分野と活動における長年にわたる訓練は、単に答えや成果物を生み出すためだけでなく、理解を深め、新たな疑問やアイデアを定式化する(形作る)能力を育てるためのものでした。しかしながら、過去の膨大な人間的営みを踏み台としつつ、AIシステムは成果物を直接的に生み出す能力を急速に高めています。両者の目的は一致しなくなりつつあります。
    
    数学コミュニティが現在直面している問題は、他の科学的・創造的な職業が直面している問題と類似しています。それは人類全体が(今後)直面しうる(切実な)問題を示唆しています。すなわち、AIが仕事(※人間の営み)のやり方 (作法・進め方) を変えていく中で、その仕事はそもそも何を目的としていたのか、当初の方向性を見失わないために一体どうすればよいのか、ということです。

    AIは、純粋な数学的研究と理解を強化し、加速させる可能性を秘めています。数学という職業も、いくつかの面でこうした変化に適応していく必要があります(※そのことは承知しています)。しかしながら、これらの変化が最終的にこの分野に恩恵をもたらすのか、それとも破壊的な影響をもたらすのかは、大きくは、この新しいテクノロジーを管理する人間の決断にかかっています。 

    この問題は、数学コミュニティ(※全体)が早急に共有せねばなりません。これらのテクノロジーを開発する企業と、今後他の多くの知的作業において同様の問題に直面するであろう社会全体が、検討すべき(※喫緊の)問題なのです。


<追記>
 数学の発展が人間のコミュニティ(交流)によって支えられていること、未解決問題が単純に解けた・解けないという問題で片付かない(片付けるべきではない)こと、こうした目的と手段と履き違えた本末転倒は、数学の発展のみならず、人類および社会の発展・進歩をも危うくしかねない根本的な問題を抱えていることを、このレターは訴えている。
 
 えてして本質を見失い、社会全体を間違った方向に進めてしまうのは、その本質を理解しない「外部」の人間たちだ。自分の都合・欲望を押し通して平気でいる、そして「人類にとって」という最も大切な価値さえをも歪め、危うくし、最終的に駆逐していくことさえ、気に留めない。そうした人間と企業が、今の時代は急速に力を増している。多くの人が感じている殺伐の正体だ。
 
 ちなみに、このレターの公表を受けて、OpenAIは『Caltech Mathathon』(※カリフォルニア工科大学(Caltech)の学生団体などが主催する、中高・大学生向けの数学コンテスト )へのスポンサーシップを取りやめることを決定したという。
 
 これは、間接的制裁とは言わないまでも(事実上そうした対応になっている部分は否めないとは思うが)、議論と対話、すなわち歩み寄りから逃げたと受け止めることは十分に可能である。数学者が懸念している時代的問題を象徴する動きだ。万事がこの調子(不誠実ぶり、まさに不一致)なのである。
 
 こうした不一致が、政治、企業活動、文化的創造、学問的探求、ミクロの人間関係において起きている。殺伐を増すことは必然である。
 
 こうした問題を引き起こしている原因は、結局のところ、人間のエゴである。歯止めをかけようとしない、むしろ簡単に開き直ることを選ぶ人間のエゴが、人類の未来をも決定する力を持ち始めているということである。
 
 最終的には、人間がいなくなる可能性がある。AIを開発する人間・企業さえ、最後は駆逐されていく可能性さえある。
 
 人間疎外の究極が、人間そのものの自滅だ。そうした未来が半分、いや色濃く見え始めているのに、制御しないし、制御できない。ひとつの知的生命体の末路として、きわめて興味深い事例かもしれない。


龍瞬記 
2026年9月



老害をこじらせない習慣


月刊プレジデント9月号に記事が掲載されました:

心の老化は止められる! ブッダに学ぶ「老害をこじらせない習慣」


有料会員限定記事です。紙の雑誌にも掲載されています。

確実ではありませんが、ウェブニュースでも配信される可能性があります。

見かける機会がありましたら、お目通しいただければと思います。


2026年9月11日
 
 
<おしらせ> 
特別講演 人生50年の棚おろし~やり残したことの片づけ方&これからの心の持ち方 愛知高蔵寺
愛知高蔵寺 
10月 18日 (日)13:30~15:30
 
中日新聞・高蔵寺文化センター50周年を記念した特別講座を開催します:  
生き方が定まり始めるのは、人生50年を生きた頃。人生には終わりがあることが見え始めた頃に、残された時間をどう過ごすかを考え始めます。
過去にやり残したこと、今後やりたいこと、お金・仕事・家族・人間関係などを、どう解決するか? 人生50年手前の人は必ずやってくる将来への準備として、50年を過ぎた人は日々を生きる「心の軸」を育てるきっかけとして、この講座を活用してください。
中日新聞で2年にわたり連載された『ブッダを探して』を抜粋した特別冊子を進呈。 
 
定員に達し次第締め切ります(オンライン受講可) 
 
問い合わせ・申し込み 高蔵寺文化センター0120-031-229
 


人を喪失(うしな)った時に

 

人を失った悲しみというのは、ごく自然な人・生き物としての感情です。

その感情そのものを否定したり抑圧する必要はまったくありません。というか不自然です。感情というのは、おのずと湧いてくるものだからです。

もちろん外の出来事に「理解するにとどめて反応しない」ことは、心の使い方次第なので可能ではあります。ただそうした心を選ぶかどうかは、あくまで本人に委ねられることになります。

自分にとって必要だった人、大切だった人、かけがえなかった人、いわば自分という存在の一部であり、前提になっていた何かが失われてしまうというのは、

自分そのものを失うことでもあるので、動揺することや深く落ち込むこと、悲しみを感じることは、ごく自然なことかと思います。

悲しみというのは、事実です。

もしその先を考えるとしたら、事実をどのように受け止めるかだろうと思います。

喪失という事実を、悲しみをもって受け止めることも、ひとつの選択でしょうし、

心に穴が空いたような感情の希薄(空疎)を感じることも、ひとつの選択です。

そうした選択は、本人にとってはそうとしかできないものでもあって、そのこと自体は、正しいとかそうではないとか判断できるものではないように思います。

人が抱く感情というのは、あくまで自然な心の発露であって、またその人だけが選びうるものなのです。

だからどのような感情を覚えることになっても、それは自然なことであり、大切なことでもあります。

ひとつだけ、仏教的な視点をもって、失った悲しみをどう受け止めるかについての考え方をお伝えするなら、

人を失った悲しみというのは、それだけその人が自分にとってかけがえのない、大切な人であったということ。

そうした人に出会えたということ。

そうした人と一緒にいられたということ。

そうした人との時間、その人の姿や言葉を覚えているということ。

その人が、その時間、その生命、その心を、自分にくれたということ。

そうしたこと自体が、奇跡のような授かりものであり、深く”ありがとう”と伝えるべきことだということです。

与えてくれたものの大きさ、深さをも、ちゃんと思い起こすこと。感じ取ること。

そうした思いと一緒であれば、悲しみというのは、ただ苦しいだけの感情にはなりません。

さまざまな思いと感情と感謝も含む、その人への自分から贈ることができる精一杯の思いやりということになります。

そうした想いをまるごと持って、”一緒に” 生きてゆくことなのかもしれません。



2026年9月10日

雨の国

 おしらせ

愛知高蔵寺で特別講演会が開催されます:

人生50年の棚おろし~やり残したことの片づけ方&これからの心の持ち方

詳しくは 高蔵寺文化センター0120-031-229 
https://www.chunichi-culture.com/kouzouji/

 

日本全国いたるところで大雨だ。雨というより洪水模様。

この夏足を運んだ富山、宮崎、鳥取も集中豪雨。石川、東京、千葉、静岡、青森、北海道、鹿児島、長崎、佐賀、熊本。そして愛知・岐阜。

さながら海と化したかのような道路を車が半分水に浸かって走っている映像を見た。鉄道の線路も完全水没。不謹慎だとそしりを受けるかもしれないが、SFの景色のように見えてくる。

この異常な大雨をもたらしている線状降水帯の連発は、大気と海面の気温上昇に起因しているらしい。

大気は1℃上がると含まれる水蒸気の量は7%増えるという。

大気の温暖化 ⇒ 海水温の上昇 ⇒ 海水の蒸発 ⇒ 大気内の水蒸気が増大 ⇒ 陸地に流れて山に突き当たって上昇 ⇒ 上空に水蒸気が滞留 ⇒ どかんと大雨となって地上に落ちる というメカニズムらしい。

大気の温暖化によって、北極・南極の氷床も陸の上の氷河も怒涛の勢いで溶けている。これも海に入って、海面上昇のみならず、蒸発して空に登る水蒸気へとつながっていく。

海水温の上昇につれて大気に含まれる水蒸気の量が増え続けているという構図が起きているらしい。

ここ五年ほどの大気温度は、観測史上最も高かった。エルニーニョ現象も寄与しているという見方もあるが、エルニーニョの規模が巨大化しているのは、大気が温暖化し海水温度が上昇しているからだ。

海水温度は、世界平均でも2023年以降は平年に比べて0.3~0.5℃以上高いという(これは危険な上昇度だ)。特に日本近海は上昇幅が大きく、100年あたり1.36℃のペースで上昇中。夏から秋にかけては、広いエリアにわたって海面水温は28℃から30℃に達する(これも異常な水温だ)。

大気温度の上昇によって、水の循環の規模と速度が一気に増しているのだ。

あまり聞こえてこないが、全世界的にこの線状降水帯の発生による極度の大雨という現象は発生しているらしい。アメリカ、中国、台湾、東南アジア、ヨーロッパ地中海沿岸。なぜ聞こえてこないかといえば、日本国内の災難ぶりがあまりに顕著かつ頻発しているからだろうか。

要するに、海が近くて内陸に山があれば簡単に極地豪雨が発生する。それだけ海の水温が上昇している。これが正しい理解ということらしい。

となれば、もはや「観測史上最高」とか「異常気象」という表現は正しくないのだ。大気温の上昇は、人類の経済活動による温室効果ガス排出によるものだ。

人類の活動は止まらない。これだけ巨大化・複雑化した経済システムの稼働を止めることは、ほぼ不可能だ。

よほど奇跡的な大発明や技術開発によって大気中の炭素を劇的に吸収・削減できない限り、温暖化が止まるはずはない。

つまり今体験していることは、異常ではなく、必然であり、平常であり、恒常、つまり今後ずっと続く可能性が高い。

世界の様相が劇的に変わりつつあるということだ。人が暮らしてきた環境そのものが変動し始めた。ここ十年の「異常気象」は、始まりでしかない。

◇

ところが、人間の理解は、こうした現実を前にしても変わらない。超大国の権力者たちは自分のプライドと支配欲 (仏教にいう慢) にしがみついて大小の戦争にあけくれているし、経済強者たちは自然環境に負荷をかけてでも利潤を最優先させる企業活動に突き進んでいるし、小さく無力な個人もまたデジタルデバイスによる享楽に耽溺しつつ、自己顕示と正義の主張に明け暮れている。

誰もが、自分が正しい、自分の欲は満たしたい、自分さえよければ人のこと、世界のこと、未来のことはおかまいなし(興味がない)という精神状態に変わりつつあるのかもしれない。

人間のエゴはこれまでもあったが、それを通すための力が弱かった。だが軍事力は強大となり、経済格差は広がり、個人の我欲と正義はSNSを通して一定の支持を得ることが可能になった。それぞれのエゴが無数無限に〝開花〟し始めた。

この花は可憐で美しい花ではない。醜悪で硬質な花弁を広げて、他の花が咲くことを許容しない。自己保存だけを求め、他者を犠牲にしても痛みを感じない毒の花だ。

世界は変わりつつあるのに、世界を変えなければという声は聞こえなくなりつつある。その声はたしかに存在するのだが、エゴの轟音があまりに巨大でかき消されてしまっているのだ。

人間の心は止まらない。権力者の独裁も、経済格差も、市民間の不毛な対立・分断も止まらない。

止まらないなら、この先も、大気温の上昇、森林火災、大雨被害、土砂災害は続く。

今見ている異常な光景が日常と化すということだ。

◇

この命は、仏教という思想を伝えることを役割としているが、いつか伝える相手がいなくなる未来が来る可能性はある。地球にも宇宙にも終わりは来るのだから、可能性というより確実にそうなるのだが、できることなら、千年後、一万年後くらいではあってほしいという願いはある。

終わりをみずから招き寄せるかのような愚行は犯してはならないと思ってはみるものの、世界の現状を見れば、終わることは必然であり、こうして自滅していった知的生命体の例は、この宇宙にはありふれているかもしれないとも思う。

とはいえ、悲観は現実になるまでは妄想の一つにすぎず、虚無主義(ニヒリズム)という無責任は、人間が取るべき選択肢に入らない。

私にとっての日常は、今を生きている人、未来を生きるであろう人たちに、仏教という生き方を伝えることであり、小さな寺子屋を育てゆくことだ。

この寺子屋は、子供たちにとっての2学期という小さな日常に入ったばかり。笑いと成長にあふれた、さっそくいい時間を創ることができている。

力がつく上に、楽しい時間となれば、これは理想の活動である。

この時間があと百年続いてもいい。それくらいのよい時間を作ることができている。

◇

人は、悲観や虚無に陥るにあらず。ただ、現実を見ないことや根拠もなく楽観することもまた妄想にすぎないから、これも取るべきではない。

現実に何が起きつつあるかは正しく理解し、そのうえで小さな日常をしっかり生きていくことだ。

生きていくうえでは、百年後の世界の未来も、千年後の人類の未来も、確かにあるものという前提に立つほうがいい。未来への信頼に立って今をしっかり生きること。

そして今という時間が、今だけの奇跡の一つだとよく心得て、心を見開いて大切に、一日一瞬を愛おしみながら生きていくことだ。



2026年9月9日 

この場所が大切にしていること

おしらせ

愛知高蔵寺で特別講演会が開催されます:

人生50年の棚おろし~やり残したことの片づけ方&これからの心の持ち方

詳しくは 高蔵寺文化センター0120-031-229 
https://www.chunichi-culture.com/kouzouji/

 

 この場所が大事にしているのは、最小限の普遍と、それゆえのオープンさ。

どういうことかというと、価値あるものというのは、本当に最小限のものでしかない。たとえば、水、日の光、大気、土、その他の自然。

それらは未来に遺す価値がある(というか、遺さないと続かない)。

人間の世界においては、第一にそれは ”智慧” ということになる。

生きていくための智慧、つまりは苦しみを減らす方法と、その実践・適用としての行動だ。

苦しみを減らす方法には、たとえば科学や医学や、自然を対象とする学問がある。それが適切に活用されて具体的に世の中に影響を与えるモノやシステムが、行動にあたる。

人の世(文明と呼ばれるもの)を発展させてきたのは、こうした方法だ。

こうした方法だけが、未来に遺す価値を持つ。

仏教という智慧もまた、そのすべてとはいわないが、一部については、未来に遺す価値がある。

逆を言えば、それ以外のもの――人の苦しみを増やすものは、価値がない。たとえば私欲や妄想は、人間が作り出す汚物のようなものであって、えてして苦しみにつながる。

そうしたものは、一代限り、その人限りのものであって、時期が過ぎれば、価値を見る人はいなくなって、やがて消えていく。

そうしたものは、普遍とは違う。

◇

この場所が大事にしたいと願っているものは、普遍である。苦しみを減らす智慧だ。生き方であり、心の使い方だ。

ごくごく限られた狭い範囲の智慧でしかないけれど、

それを守るために、損なわれないために、この場所は、かなり神経を使っている。

たとえば、一部の人たちだけが熱心に通い詰めるような場所にはしない。それをやってしまうと、一部の人たちだけが満足する閉ざされたサークルになってしまうから。

場所が閉ざされると、入ってこられない人が出てくる。そして内部が歪んでいく。

さながら汚物を含んだ水が一か所に留まれば、やがて停滞し腐敗していくように、人間の心もまた、一定の範囲に囲い込んでしまうと、とたんに、その内部での思惑が影響しあって、人間の心にあったものが次第にその場の雰囲気、いわば水の色を染めていってしまう。

世にある宗教・思想系の団体は、ほぼ決まってこのパターンを突き進む。

そうした団体には、その真ん中に信望・信仰を集める特定の人間がいる。みずから意図して、自分を仰ぎ見させよう、依存させよう、利益を得ようともくろむ人間もいるし、

本人はまったく違う方向をめざしていたのに、集ってきた人たちが勝手に解釈して、停滞・腐敗を招く場合もある(※ちなみに仏教はこの系譜に属する)。

どのような美しい思想や場所であれ、人間が集まって、固定され、滞留し始めると、必ずその人間たちの心にあったものが出てくる。

代表的なものとして、個人的野心(承認欲)がある。その団体の中で認められよう、利を図ろう自意識が、ポストや肩書を求めて競う・上をめざすという発想になっていく。

思考停止に陥ることもある。考えることを放棄して、ラクを選んだ人間が、その中に見つけた言葉や形式をひたすら真面目に踏襲して、思考停止という安易な快楽に身をゆだねることもある。

いわゆる宗教や思想系の団体があやういのは、先導する人間が、自分に都合のいい妄想を、神や思想の名のもとに語って、自分が讃えられることに快楽を覚え、

他方、それを信奉する人間は、

先導する人間に自己投影して自分の価値が満たされたかのような錯覚を覚えたり、

外の世界で得られなかった上昇欲を満たそうとしたり、

思考する努力を放棄して、何も考えずに、先導する人間が語ることを鵜呑みにして、その通りに動くことに快楽を得たりする。

人間というのは、自立して思考することが苦手な生き物だ。そうした人たちは、考えずに、ただ信じる、ただ従うことを選ぶ。単純にラクだから。考えなくてすむから。

こうして、それぞれに蜜(利益)を得る閉ざされた共同体が出来上がる。


その中にいる人は、それぞれの欲と思考停止をもって完結している。得たいものを得ている。だから「理想の共同体」だと思い込む。

だが、外から見れば、妙な違和感を覚えざるを得ない。

なぜなら欲を満たして得々としている人と、思考停止の人たちの姿を見ることになるから。

特に思考停止というのは、多くの宗教・思想団体に共通する傾向だ。内部にいる人たちが考えていない。外の世界が見えていない。自分たちがやっていることの奇妙さを自覚できない。

その思考停止ぶり――見えていない姿――が、外から見ると、奇怪な姿に見えるのだ。

◇

哀しいことは、こうした閉ざされた共同体の中にいる人の眼には、自分の姿が客観的に見えなくなることだ。

それが企業なら、まだマシなのである。企業である以上は、利益を上げないといけない。だから。外の人にとって価値あるものを作り出さなければという形で客観性を維持できる。

もっとも、企業であっても、嘘や脚色や脅しをもって売りつければ、それは途端に怪しい、あやうい組織に代わる。一時的に外に売ることができたとしても、世に知られた途端に信用を失うか、犯罪として摘発されて頓挫する。

だが、外にモノを売る企業ではなく、内部の人間だけで完結する共同体となると、

そうした制約は通用せず、その内部だけで回せてしまう。客観性を失っても続けることができてしまう。

回ってはいる。だが閉ざされている。外から見れば、停滞している。偏っている。歪んでいる。腐敗している――。

こうした現象がたまに起こる。内輪の価値だけで固まってしまった「閉ざされた共同体」と化していく。いわゆるセクト化だ。

枚挙にいとまがない。宗教・思想に関する団体。いわゆるカリスマ社長が経営する企業。独自の価値のもとに活動するサークルなどだ。

◇

この場所が最も敬遠するのは、こうした内と外の”乖離”である。内側だけに通用する自己満足。客観的視点を失った思考停止。外には通用しない理屈――そうした不自然が混じることをよしとしない。

これは、この場所を預かる私という人間が、自我から自由であるから成り立つ姿だ。

見栄、欲望、思考停止という心の性質を、よく理解している。

どんな相手にも敬意を失うことはないが、そうした心の性質がこの場所に流れ込むことをよしとしない。きわめて高い感度をもって、そうした危うさを退ける。

自然を生きる生き物や植物が、その本来のあり方だけを維持し、その姿のまま命をまっとうするのと同じことだ。

みずからを歪めることも、本質を変えることも、汚すこともない。

明瞭な「違う」という一線を堅持する。

◇

だからこそ、これまでも、これからも、外の世界との関わりにおいては、慎重を期する。


個人的な承認欲のために利用しようという思惑を捨てきれていない人や、閉ざされた共同体の中にいる人たちとは、関わらないことを選んでいる。

そうした人や団体が、どのような人生・活動をしていくかは、その ”人さま・団体さま” の自由である。この場所は、誰をも否定しない。あくまで敬意をもって接する。

だが、だからこそ、関わらないことが正解になることもある。そうした時は、静かに退く。

◇

この場所は、普遍だけを大事にする。

普遍だけを大事にしようと思えば、自分の足だけで立つ必要がある。

内輪の価値や形の中に安住するのではなく、

自分の身と心ひとつで、むき出しのまま、外の世界と対峙する必要がある。

それがオープンさを保つということだ。

自立していることと、オープンであることは、両立する。むしろ表裏一体といっていい。

◇

私が出会い、関わるのは、欲や思考停止をよしとせず、そうした世俗のあり方にむしろ違和感を覚えるような市井の人たちだ。

みずからの足で立ち、自分自身に向き合い、自分の人生を最良のものにしようと人知れず努力できる人たち、努力しようと思える人たちだ。


それぞれが自立していること――。


そうした難しい挑戦をしているのが、この場所ということになる。

ご理解いただけると幸いです。

 


2026年8月末

 

 

【出家、日本をゆく】宮崎清武 安井息軒記念館

宮崎初上陸。清武という土地に、安井息軒記念館という場所があることを知った。

江戸末期の儒家だという。清武が誇る当時の知識人。最も興味を引かれたのは、当時この地は(失礼に受け取られぬことを願いたいが)、今は想像できないほど”田舎”だったであろうということ。江戸や長崎、大坂とはまったく違う土地柄だったに違いない。

そうした地域で一心不乱に学問に励んで、江戸に上って名声を得たというなら、そのバイタリティだけで目を瞠るものがある。いったいどんな人物だったかと興味が湧いた。

JR清武駅で降りると、 記念館があるらしい場所は、夏の植物が鬱蒼と生い茂る小高い山の上だと判明。地図で見ると駅から近いが、遠回りして山を登らねばならない。猛暑だ。やむなくタクシーを使った。

山の坂道を上りつめて、記念館に到着。



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真夏の清武駅で下車
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入館無料  どんどん人が訪ねてくるようになればいいな


◇青年時代

安井息軒は、江戸末期(1799年)に清武(日向国清武郷、今の宮崎県宮崎市清武町)に生まれた。字(あざな)は忠平(ちゅうへい)。

忠平は幼い頃に天然痘にかかり、顔に痘痕(あばた)が残り、右目をほぼ失明。成人後も身の丈五尺に及ばぬ短躰だったという。「猿が本を読んでいる」とずいぶんからかわれたようだ。

身分も見た目も財力も、人に張り合えるだけのものはない。だが忠平には学問があった。江戸・京都に学んだ儒者である父親・滄州(そうしゅう)は自宅を開放して子弟の教育に当たっていた。父の手ほどきを受けて、幼い頃から漢学を修めた。

15歳にして、父の蔵書はすべて読破。学問で身を立てることを早々に決意したという。

18歳で寺(中山寺)にこもり、3年にわたり学問修行。途中19歳の時には長崎に遊学。21歳で大坂へ。近くの蔵書家(篠崎小竹)のもとに通って、読書と書写に勤めた。大豆を醤油と塩で煮たものをおかずとして食いつないだ。

ここでも他の学生たちに容姿をからかわれたという。片田舎出身の風貌の冴えないひときわ小柄な青年が、鬱屈と野心を胸に秘めて必死で学んでいた姿が目に浮かぶ。
 
25歳の時に江戸の昌平坂学問所へ。


sokken4 大阪.jpg
写真撮影OKでした 大坂で学問に励んでいた頃の忠平 
行灯に徳利をぶら下げて、就寝時に熱燗をすすって上気した頭を冷まして眠りについた様子


実に勉強ばかりだ。しかも資格や学歴のためという現代人の実利ではなく、生粋の知的探求心・向上心からだ。

ふと思うのだが、偉くなるためとか見栄を張るためといった世俗的動機を一切取り払った時に、それでもなお学ぼうと思える人間は、どれくらいいるのだろうか。

俗な動機がないほうが、純粋に知ること・考えることを喜びにできる気がする。ちなみに私自身はそうした部類の人間だ。

知の喜びは、知性が発達した人間にとって純粋な喜びではなかろうか。欲目を捨て、単純に知ること・考えることを喜びにした時のほうが、学ぶことが楽しくなる。プレッシャーも打算計算もないからこそ、自由になれる。自由だからこそ、やる気も出る。本来の学びとは、自由を本質とするのではなかろうか。


◇結婚

28歳で清武に帰郷。父・滄州が中心となって、地元・中野に学問所・明教堂(めいきょうどう)を建てることになった。そのタイミングで持ち上がったのが、忠平の見合い話。だが最初に縁談を持ちかけた相手の女性は、「あんなブ男は絶対にイヤ」とすげなく却下。

ところがその妹が、破談を聞いた直後に「わたしでよければ」と嫁入りを申し出た。佐代(さよ)という名の、忠平より13歳年下、まだ15歳の娘で、村人がみな嘆息するほどの器量良し(仏教になじまない形容だが、見とれるほどの美人)。

これだから男女の縁というのは、わからない。忠平のどこに惹かれたかは謎だ。尊敬すべき何かが見えたのかもしれない。

ちなみに見合いを断った姉(豊:とよ)のほうは、もし忠平が美男子だったら即応じていただろうが、見た目で判断するようなごく普通の女性と、学問に打ち込む忠平とは、まったく合わなかっただろう。

また、もし忠平が自分の風貌に負い目を感じ、屈折した人間になっていたら、佐代からも疎まれていたかもしれない。だが忠平には学問があった。努力も誰にも負けなかった。学問によって矜持を支えていたからこそ、佐代の目にも尊敬すべき男に映った。

面白い因縁だと思う。人間、何か一つ打ち込むことがあり、自分を偽らなければ、生涯に一人くらいは相愛の相手に巡りあえるということかもしれない。忠平のまっすぐな生き方こそが、その生涯にわたる幸運を招き寄せたということか。


◇教育家としての息軒

かくして28歳で所帯を持った忠平は、息軒という号のもと、父と一緒に明教堂で教え、32歳のときに飫肥城下に再建された藩校・振徳堂に移って、父とともに教鞭をとった。

当時の門生によれば、「滄州先生、人を教ゆるに厳ならず。門人これを敬すること厳父のごとし。清瀧(息軒)先生は厳確なれども、門人これを親(したし)うこと慈母のごとし」(若山甲藏『安井息軒先生』)

息軒(忠平)は、風貌こそ厳めしいが、愛嬌も漂わせていたらしい。なるほどそうした目で肖像画(※このページ末尾にあります)を見直せば、想像できなくもない。すごい人でもあり、愛される人でもあったかもしれない。

ちなみにある漁師の男が、息軒に面会した時に、佐代の姿を見て感心し、「先生のような器量よろしくない男に嫁ぐとは、先生以上に学のある方なのですね」というようなことを言ったら、息軒は手を叩いて笑ったという(平部嶠南『日向纂記』)。

息軒は自身の容姿を受け入れていた。だから笑えたし、『岡の小町」と噂されるほどの美女とも気後れすることなく添い遂げることができた。息軒は剛情だが、素直なところもあった。本当の人柄が見える気がする。

ちなみに外交官の小村寿太郎は、この振徳堂にて、 息軒の弟子・小倉処平に学んでいる。学問という種は実に面白いもので、意外なところに実を結ぶ。学ぶ者の心が土であり、教える者の心が種ということなのだ。

だが父・滄州が亡くなった翌年に、息軒は江戸に上がっている。38歳の時だ。そもそも息軒の博識と先取性、および父・滄州に遺言代わりに気をつけるようにと諫められたその頑固一徹の気性が、保守的な藩政と相容れるはずもなかった。

父の死は、早く江戸に出よという合図に聞こえたのかもしれない。


◇私塾の開設

江戸に上がって始めたのが、私塾「三計塾」だ (1841年)。

三計とは「一日の計は朝にあり、一年の計は春にあり、一生の計は少壮(若い頃)にあり」。若いうちにこそ将来にわたる志(計画)を立て、無駄なく過ごすなという意味らしい。

師に当たる松崎慊堂(まつざきこうどう)が息軒を高く評価していたこともあり、儒者界隈で息軒はたちまち知られる存在となった。水戸斉昭のブレーンである藤田東湖とも交流し、政治に意見する機会も増えてきた。

黒船来航(1853年)に動揺した幕府は、朱子学以外にも智慧を求め、古い漢学(漢・唐代の古典)に立つ息軒に白羽の矢を立てた。最高学府・昌平坂学問所の「幕府儒官」に任命したのだ(息軒63歳の時)。塩谷宕陰(しおのやとういん)・芳野金陵(よしのきんりょう)と並ぶ「文久三博士」。在野の儒者として上り詰めうる頂点に達したといってよい。

三計塾も盛況だったようだ。開塾してすぐ江戸の儒者界隈で知られるところとなり、有志の若者たちが続々と集まってきた。借家から通う地方の学生も多く、最終的には二千人を超える若者を送り出したという。

知られるところでは、外交官の陸奥宗光、政治家の谷干城、井上毅など。息軒は、たしかに時代に影響を与えていたのだ。

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※陸奥宗光(むつ むねみつ)は、紀州藩を脱藩したほどの反骨の若者だったが、江戸に上って三計塾に入門。そのプライドの高さは、周囲の門弟からは嫌われていたそうだが、息軒の博識と真剣さに感服して、生涯恩師として敬い続けたという。のちにカミソリ大臣と呼ばれ、欧米列強との不平等条約を改正する先陣を切った。

なお、関税自主権の完全回復を成し遂げ、日露戦争の終結や日英同盟締結を果たした外務大臣・小村寿太郎が、息軒の教え子から学んだことは、先に出てきたとおりだ。息軒の影響力はたしかに深大だったのだ。

※谷干城(たに たてき)は、西南戦争の際に、熊本城司令官として西郷隆盛率いる薩摩軍と対峙した。息軒を生涯の師と仰ぎ、塾卒後も息軒にしばしば手紙を送り指導を乞うた。のちに政府の要人(農商務大臣 )となった谷は、晩年の息軒の生活支援や著作の出版・復刻に力を注いだという。

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息軒の思想は、観念的な議論とは真逆で、徹底した実用・実学を志向していた。歴史や経書を学ぶのは「現実の社会問題を解決し、民を救うため(経世済民)」 。江戸から郷里・飫肥(おび)藩へ、養蚕技術や牛痘(天然痘の予防接種)をいち早く紹介し、導入させもした。

頭でっかちな若者には、厳しく叱責した。ある門弟(幕臣にして大政奉還を推進した佐々木高行)は、息軒先生に叱られて腹が立って仕方なかったと回顧している。「口下手で短気、𠮟りつけるような講義だった」と語る者もいる(東大教授をつとめた明治期の漢学者・重野安つぐ)。

息軒の気性の激しさは、父親・滄州に気をつけなさいと臨終間際で戒められたほどだというから、青年にとって相当おっかない先生だっただろう。その一方で愛情豊かで、地方から出てきた若者たちを、三計塾の寮に迎え入れて面倒を見たともいう。

塾生同士で教材を読み解いて議論する「会読(かいどく)」を勧めた。塾生の意見を頭ごなしに否定せずに、その思索と議論を歓迎したという。厳しくはあったが、冷淡ではなかった。

息軒の若者に対する姿勢は、一貫していた。身分・外見などの体裁を問わない。世間の栄誉をみずからは好まない。

三計塾で学んだ者は、自分の利益ではなく故郷や国家に還元しなければならない。自分の学と才を、どのように天下・民のために使うつもりかと問い続けたという。

このあたりの高い志と一流の知識と影響力が、息軒という器の中に併存していた。
 
息軒は別格だとしても、こうした「全身教育家」みたいな人間が各地で私塾・寺子屋を開いて、若い世代の薫陶に当たっていたのが、江戸末期という時代だった。


◇息軒の不遇

だが、息軒の年譜をたどって見えてくるのは、どうにも時代の波に乗り切れない不器用さだ。そもそも生まれる時期が少し早すぎたかと思うほどの不遇さである。

江戸の知識人にも知られるようになり、ようやく幕府に一目置かれるところまで進みながら、飫肥潘以上に石高が大きな土地(奥州塙)の代官に任じられたことを、高齢(65歳)を理由に辞退。 

幕府の儒官に上り詰めた途端に、黒船来航を受けて幕府の権威が揺らぎ、戊辰戦争(1868年)に巻き込まれないようにと、三計塾をたたんで、一時期、江戸から疎開。

明治に入って、勝海舟・山岡鉄舟が直接訪れ、天皇の侍講に推挙したが、これも病気を理由に断っている。なお地べたを張って生きてきた息軒だ。その目には、明治政府に仕える者たちに、器用と打算を感じ取っていた可能性はある。

明治政府が、支配者としての面目を露わにし始めたのは、そのあとだ。廃藩置県、廃仏毀釈、学制公布(1872年)。せっかく彦根藩主の求めに応じて、江戸に戻って三計塾を再開したのに、藩は廃止され、官費学生が私塾に通うことを禁じられた。学生たちは潮が引くようにいなくなった。

老いとともに身も縮み、左目の視力もほぼ失い、足腰も立たなくなった最晩年の息軒。

この時すでに妻・佐代は亡くなっていた。長男・棟蔵(とうぞう) は、息軒が手塩にかけて学問を仕込んだが、22歳で病死。次男の 謙助(けんすけ)は、28歳で自殺していた。

息軒の目に見えたものは、何だったか。虚無の闇であったか。ほぼ死んだも同然の闇。自分は何のために生きている? 自分はなんのために生きてきた?

瓦全(がぜん)――当時の正月に、息軒が書き初めた言葉だ。瓦礫のようにただ息をしている骸(むくろ)。実感だったかもしれない。

なんともせつない。息軒はたしかに生きていた。江戸から明治への端境期に、大きな影響を与えていたのだ。
 
だが今はほとんどその名を聞かない。息軒のように哀しくだが偉大な生きざまが見えなくなった今こそが、何かこの国がとてつもなく大きなものを見落としていることの証左のような気がしてならない。


◇息軒が無名の理由

息軒の学者・思想家・教育家としての業績は、どのように評価されるべきだろう。あまり現代に知られていない理由は、その著書がほぼすべて難解な漢文で書かれているからなのか、評価できるものが乏しいからなのか、それ以外に理由があるのか。

息軒の著した論考(いわゆる考証学)を読んだ清(中国)の学者(張之洞ら) は、その内容の緻密さを称え、「日本随一の儒者」と評したという。息軒の論文(『左伝輯釋(さでんしゅうせき)』や『論語集説』などの経書研究)は、現地で翻刻(出版) されたともいう。

当時の中国の学術界は世辞を好まず、矛盾や欠落を厳しく突く文献批判を基本としていた。まして中国古典の考証において遅れているはずの日本の儒家を、根拠もなく褒める理由もなかった。また、息軒のキリスト教への批判的分析を書いた『弁妄』は、イギリスで翻訳出版されてもいる。

つまり評価されるべきことは多くあった様子である。だが無名。いったいどうした理由からだろうか。

ひとつは、その著作のほぼすべてが、漢文で書かれており、いまだに現代語訳が進んでいないことが挙げられる。単純に、まだ理解されていないのである。あくまで在野の思想家・教育家であり、歴史ドラマの表舞台に出てくるような役回りではなかったことも挙げられようか。


対照的なのが、息軒に36年後(おく)れて生まれた福澤諭吉だ。同じ九州の出身で、貧しい藩士のもとに生まれたことは、共通している。だが諭吉は緒方洪庵の適塾に学び、オランダ語・英語に通じて、アメリカ、ヨーロッパを視察。帰国後に著わした『学問ノススメ』は300万部を超えるベストセラーに。のちに慶應義塾大学を創設した。

経歴の華やかさだけではない。若い頃には剣術を収め、当時の日本人の平均身長を15センチ上回る長身に、彫りの深い顔立ちだった。今でいう超イケメンのハイスペック男子にして時代の寵児。すくすくと伸びた明るい大樹のような存在感。息軒とは対照的だ。

息軒は、時代の波に乗れなかった。ちょうど古い波と新たな波の谷間を泳いだ印象がなくはない。

そもそも息軒の思想を支えた古学そのものが、幕府が重用した朱子学と相反するものだった。断髪した門弟との面会を謝絶するほどの西欧嫌いでもあったという。

ことごとく主流から外れていた。息軒はアウトローとして生きる宿命みたいなものを背負わされていたかもしれない。
 
これでは、よほど努力して発掘しない限り、市井の人々の視界に入ることはないだろう。まずは息軒の言葉が現代語で読めるようなればと思う。


◇息軒の魅力

もうひとつ個人的にもったいないと思うことは、安井息軒の業績、その人生の社会的意味を探るうえで、息軒の ”表” から見た業績・著作にどうしても目が行ってしまうことだ。

これは、平賀源内や福澤諭吉の記念館を訪ねた時にも感じたことだが、「地元の先生」として持ち上げ「歴史に名を遺した偉人」として見上げてしまう。結果的に、本人の凄み、哀しみなどの人間的魅力が見えなくなってしまう。

息軒の魅力と凄みは、儒学者としての歴史的評価ではなく、その生きざま自体を通して見るべきような気がする。清武という土地に生まれ育ちながら、学問をを積み重ね、都に出て私塾を営み、その知識・見識が世間にも幕府にも認められた――その上昇ぶりと野生の生き方そのものが、最大に魅力的であり、評価されるべき点なのだ。

完全な自立自尊。これほど自力で学び、人生を切り拓き、人に伝える、人を育てるという活動を、己自身の自然な発露として形にして見せた人というのは、稀少な存在だ。

そのあたりを掘り下げれば、息軒の人間としての魅力が、もっと伝わってくるように思える。


◇息軒の家族

息軒の家族が、これまた興味深かった。15歳で息軒に嫁いだ佐代は、26歳の若さで故郷・清武を去り、小さな子供たちを抱えて江戸へ。夫は朝から晩まで難解な書籍を読み込み、執筆に励み、客人をもてなし、三計塾創立後は、押し寄せる若者たちの面倒を見た。そのすべてを、息軒のすぐそばで、陰から支え続けたのが、佐代夫人だった。

長女・須磨子が父母について江戸に出てきたのは、まだ11歳の頃。言葉が通じず、何も変えずにとぼとぼと帰った須磨子に、母・佐代は「父上、ご出世は疑いなし」と言ったという(若山甲蔵『安井息軒先生』)。

佐代にとって、夫・息軒は世に認められるに違いない「先生」でもあったのだろう。終生、息軒を仰ぎ見てけなげに尽くした佐代は、苦労が祟ったか、50歳を迎えた正月明けに息を引き取った。

長男、次男、そして妻の佐代が亡くなった時の息軒の落胆ぶりは、凄まじいものだったという。父として、夫として、もう少しいたわりを向けていたらと悔やんだかどうか。

ちなみに佐代が亡くなって3年後に、息軒は子連れの女性(槇子・47歳)と再婚している。よくできた妻だと褒める手紙を、清武の地に戻っていた長女・須磨子に送っている。だが、佐代についての言及はほとんど残されていない。

佐代を失って、多少は妻のありがたみがわかるようになったのかもしれない。遅きに失した感があるが。


◇遠い星のような

佐代については、息軒の出世を誰よりも強く望みながら、報われないうちに亡くなったと見る人もいる(息軒が昌平坂学問所の儒官に任命されたのは、佐代が正月に死んだ年の暮れだった)。

他方、森鴎外や芥川龍之介のように、夫にひたすら尽くして人生を全うした女性として、格別の思慕(思い入れ)をもって振り返る人もいる。ただこれは、男に都合のいい面だけを見ている気配がぬぐえない。

夫に尽くして消えていった女性というのは、当時おそらく大勢いたのである。そういう時代だった。嫁いだ先に、愚痴もこぼさず仕え続ける。そうした女性は、佐代に限らずたくさんいた。

佐代がひときわ魅力的に映るのは、そうした時代における妻の役目を果たしながら、その内心に、夫への尊敬や愛情といった、人間らしい動機がほの見えることだ。
 
みずから望んで息軒と結婚したという事実が、決定的な輝きを放っている。これこそが佐代という存在が今なお印象に残る一番の理由のような気がする。

実際には、その苦労が報われることはなかったし、生涯なんの贅沢も余裕も許されなかった。だが佐代はおそらく、そうした苦労を感じ取ることが、ほとんどなかったのではあるまいか。

質素な暮らしの中で、はたから見れば苦労ばかりを背負いながらも、心は満たされている。そうした人が備えうる最高の美徳を持っていた。それは学によるものではなく、その人がその人であるがゆえの等身大の高潔さと聡明さだ。そうした自然の輝きこそが、佐代の魅力だったような気がする。

この記念館を訪ねて佐代のことが印象に残ったと語る人は少なくない様子だ。たしかにそのとおりだ。
 
なんだか遠い星のように見える。目に見えるが、手は届かない。佐代という女性は、もはや遠い時の彼方にあって、どれほど想像を尽くしても、その姿を間近に見ることはできない。直に話を聞くこともできない。
 
だがその絶望的に遠い距離を隔てながら、それでもなお伝わってくる美しさこそが、佐代の本質のような気がする。

◇

安井息軒という人が、この宮崎清武の地にいた。その生きざまも、身の回りの人たちも、つい引き込まれざるをえないほどの魅力を放っていた。いや、これほど引き込まれるとは。

なお、息軒の孫(長女・須磨子の息子)であり安井家の家名を継いだ安井小太郎氏の子孫は、現代に生きておられるそうだ。少し救われるというか、息軒先生が報われた気がするのは不思議な感慨だ。

さまざまなことを考えさせられた。記念館を出て、息軒の生家でいっときを過ごして、余韻にひたりながら、かつて息軒たちも下(くだ)ったであろう清武中野の山道を降りていった。



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安井息軒の生家

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安井息軒の肖像画 


2026年8月16日




すべては君の人生、君の選択


全国行脚の後半に入るため、寺子屋は一週間ほどの空白に入る。

この夏、寺子屋の子供たちに彼らに伝えたことは、

〇正しい学び方(勉強法)を実践すれば、確実にできるようになる。

〇中学までは、地元の友たちばかりで世界が狭いが、高校になるといろんな生徒が集まってくる。精神的にも落ち着いて大人になってくる。だから中学より高校のほうが楽しかったという大人が多い。行く高校で人生が変わる。

〇成績を上げなければということではない。それは本人の志望・選択次第だが、できることはやることが当然。どこまでできるかやってみて、体験して初めて、向き・不向きも見えてくる。体験しなければ、自分は何が好きか、何ができるかもわからない。つまり体験しないと、努力してみないと、人生が始まらない。

〇つまらない時間の過ごし方をすれば、つまらない大人になる。

この場所で頑張って見せても、家でダラダラ過ごしていたら、本格的に勉強し始める子たちには絶対に追いつけない。だらしなく過ごして損するのは、将来の自分。

〇だから、家でも自分から勉強する時間を作ること。自分が後悔しないために。やらねばならないことは真剣にやる。当たり前。


最後の日に伝えたことは、

「親もあと十数年で定年になる、いずれ働けなくなる、やがて君たちより確実に早く死ぬ。それが人生の順番というものだ。

いつまでも子供のままのつもりで、お小遣いもらって暮らし続けるわけにはいかない。君たちが30過ぎて、今と同じことをやっていたら・・どう思う?」

 

言葉が話せるなら、どれだけ年が離れていても、十分に伝わるものだ。大人が想う以上に、小・中学生は、考える頭は持っている。

現実を伝える。何をどのように学ぶか、考えるかを、緻密に言語化して聞かせる。大人の妄想を押しつけない限り、このあたりの年齢になった子には、ちゃんと届くものだ。

教え下手というのは、自分に都合のいい妄想しか見えなくなった時に生じる。こちらが心を開いて、伝えるべきことを一人の人間の思いとして伝えて、

「すべては君の人生だから、君が何を選んでも、何をしても正解だけれど」という前提に立って(線を引いて)向き合えば、自分で理解し、自分の頭で考えるようになる。

あとは信頼することだーー教えることにおける信頼とは、伝えられる時間の中で人として伝えなければと心から思うことを伝えて、あとは本人の選択だとして、それ以上に追いかけないことである。尊重でもあるし、いい意味での突き放し(放任)だ。このあたりの線引きをすることが、「信頼する」ということである。

大人の目に見えないところで何をしていても、それは本人の選択であり、本人の人生だから、問題はない。そもそも「見えていない」範囲を大人がコントロールしようとすること自体が、妄想の押しつけである。

今のところ、教える人間としての役回りは果たせているように思える。成長を目の当たりにできる面白さもある。よき時間である。




2026年8月中旬



十代の過ごし方~ほとんどの峠は越えている


十代(中高生)の過ごし方について、最近の私信(和尚先生から)の抜粋:

◇◇◇◇◇

十代、とくに中学時代は「体験」することが大事で、誰とどこで何をするか(習い事)は、、楽しいからやる、行きたいから行く、で十分です。場所にこだわる必要はまったくありません。

楽しくやれない、大切に扱ってもらえないなら、別の場所でまったくかまわないのです。

「続けることが大事(今さら変えられない・変えるべきではない)」という理由づけ(ためらい)は、気持ちはわかりますが、思い込みでしかありません。

〇〇(習い事)も勉強も、そのこと自体は続けているのだから、すでに「続けることが大事」という条件は満たしているのです。

体験できるなら、どこに行ってもよし。不満が残るようなら、そこは正しい場所ではない。私ならそう考えます。

停滞よりも、動いて得られる体験を選ぶ。そのほうが、十代のうちは大事です。


◇◇◇◇◇

十代のうちに越えておくべきステップはいくつかありますが、本人(子供)はそのステップをちゃんと越えているように映ります。

中学時代の体験は、この先の過ごし方次第で、本人にとっては財産になりえます。

大学への進学・勉強だけなら、なんとでもなる(つまり越えておくべきステップには入らない、あるいは入れるにしても小さい)ものです。

本人が体験して、何かを感じて考えること自体が大切かと思います。

高校に通えば、見える景色も友だちの姿も日々変わります。そうした外の世界に触れることで、心は自然に育っていきます。

とにかく子供の先を走ってしまわないように自制しながら、後方支援かせめて隣で伴走するくらいの気持ちでいるのが、ちょうどよいのだろうと思います。

十代のうちはなんとでもなるし、ほとんどの子はちゃんと生きていける力を持っている生き物です。大丈夫。信じて(楽観して)よいのです。



2026年8月下旬


就活・婚活の満願成就


就職活動やお見合いや試験について、うまくいく仏教的秘訣は、

結果はひとさま次第

というところに立つことです。

自分を選んでくれるかは、相手(ひとさま)次第。どちらでもかまいません。

という立場に立ってしまうこと。

相手が完全に自由なのだと、相手に伝わることが大事になります。

そのうえで、

働く機会を与えてくれたら、がんばりますよ、

一緒に生きていくことを選んでくれたら、大切にしますよ、

これまでの努力と成長を認めてくれたら、合格後も努力しますよ

という思いを向けること。

いずれにせよ、成るも成らぬも、ひとさま次第――というところに立つことです。

そうして、相手も自分も自由になること。

まだなんの関係性も成り立っていない以上は、互いに完全自由という状態こそが、本来の姿なのです。

◇

そこに執着・思惑が入ってくると、本来の姿に歪みが生じ始めます。

特に、選ぶのが相手方(ひとさま)にある場合は、その歪みというのは、圧力や過剰な期待として伝わってしまいます。

こちらの不安、焦り、ああではないか、こうなるのではないかという妄想もまた、不穏な圧力めいた雰囲気として伝わってしまう。

その雰囲気を察知した時点で、相手は逃げてしまいます。

◇

ちなみに、お見合いや男女間において、持ち込まないほうがいい筆頭が、宗教です。

「お仕事以外はどんな過ごし方をされているのですか?」と聞くのは、相手を知るため、日常会話の範囲内ですが、

「どんな信仰をお持ちですか?」
「どの占い師が好きですか?」
「スピリチュアルに興味ありますか?」

といった質問をするのは、自爆行為です(そんなことを聞く人もめったにいないと思いますがw)。

一人で生きていた時代に見つけたものは、一緒に生きていく誰かを見つけたときには、本当は「卒業」すべきものです。

あるいは、最初から、そうしたことが共通している人を探すかです。

自分にとってこだわりがある、大事にしたいものなら、最初から正直に伝えるべきだろうし、

それほどでもない、卒業していいと思えるものならば、誰かと生きていくと決めたときには手放してよいものです。

手放せるものであれば、最初から伝えなくてもいいのではと思います。昔付き合っていた彼女・彼氏と同じようなものかもしれません。いちいち言いませんよね(笑)。

新たな関係に必要ないものは、持ち込まない。静かに手放す。

新しい場所・新たな関わりに必要なもの、価値を持つものだけを持っていく。

ということです。


ともあれ、人と人との関係は、互いに自由、ひとさま次第というのが、自然です。思惑を持ち込むと、あまりいい展開にはなりません。

もちろんいったん生じた関係については、理解を求めての努力が必要にはなってきます。

そのときには、伝え合うこと、交渉すること、さらには駆け引きや、ときには揉め事・争い事にまで至る可能性もなくはなく、それはそれで仕方がないこと(関わったことにもとづくコスト)として引き受ける必要があります。

ただ、人間同士の本来のあり方は、

自分も自由だし、相手も自由。

受け入れてくれるかは、ひとさま次第。

という境地でいることなのです。


よき展開を祈っています。



2026年8月11日

To My Readers Overseas

To My Readers Overseas,

As my books have begun to be introduced to readers overseas, I have increasingly received invitations from various communities and online platforms to introduce my books—or, to be more precise, to promote them.

I understand that this is a common practice in the Western world.

To those who have found my work, I would like to say: thank you.

I also sincerely respect the efforts of those who have built communities and platforms around books, and the contributions they have made to society through those activities.

At the same time, whenever I receive such invitations, I find myself asking this question, with the self-reflection that comes from being a Buddhist practitioner:
 

What is my work as an author?


For me, creating and sharing my work is not exactly about gaining people's attention or making myself known to as many people as possible.

Buddhism begins with a certain principle:

Step back from oneself. Do not place oneself at the center.

What remains after one steps back from oneself—this is what I would like to describe metaphorically as clear water.

Clear water is something that brings relief to those who are thirsty.

In this world, there are many people walking long journeys while carrying a deep thirst within themselves. My wish is simply that such travelers may drink this clear water.

With that wish, I dug a channel for clear water to flow.

I would be grateful if you could think of my books as that river.

The river—my books—does not exist because I wish to sell them aggressively or because I want as many people as possible to discover them.

Rather, my wish is that the water reaches those who truly need it, and that it can ease their thirst.


With that single purpose, I will keep watching over the flow so that it remains pure and clear.

I understand this to be my role.


The Buddha was the one who discovered the water.

The water has always been there.

In truth, it is right before our eyes.

Yet unless we reach out our own hands, we cannot touch it. Unless we lift it to our own lips, we cannot drink it.


That water is what the Buddha called Dhamma.

It is something we must seek for ourselves. If we drink it without making it impure, it will surely heal the heart. 

The water is not mine.
Nor did I create it.

I am, in a sense, someone who digs new channels.

Across time, across languages, across cultures and ways of life, there are still people today who continue to live with thirsty hearts.

Wishing that the same clear water may reach them, I dig new channels, guide the water, and carefully protect the river so that its clarity is never lost.


To me, a book is like the flow of a small, clear river.

My role is simply to preserve the purity of that flow.

I do not raise my voice telling people they should drink from it.

Nor do I desire that as many people as possible should know where the river is.

My concern is something different.

I simply want the river to remain pure—to remain free from misunderstanding, and to ensure that it is never used for purposes that betray what it truly is.

To devote myself, without compromise, to preserving the river as a river—that is my work.


It flows quietly, away from the center of attention.

Many people may not be looking for such a river.

That is perfectly all right.


And yet, somewhere, someone may be exhausted.

Someone may be searching for healing.

Someone may be carrying a burden so heavy that they are beginning to lose the strength to continue walking.

If such a person happens to find this river, they may pause for a moment, cup their hands to drink, quench their thirst, and perhaps find hope again.

That small hope is enough for me.


My work is to protect the flow of this clear river.

In other words, it is simply to express the Buddha's wisdom in words that are meaningful and useful to people living today, and to shape it into works that truly benefit others.

That is where my work ends.

That is my responsibility as an author.

I create my works, but I do not do so in order to make myself better known, or to gain further profit or fame.

I do not place value on the things that the world considers valuable.

It is the same for me today.


What I hope for is that the true meaning of my books will be understood, and that the water of this river will reach those who genuinely need it.

For that, I will gladly make every effort.

But I do not make efforts to attract attention.

The moment I step into that territory, my work begins to change into something else—a desire to be seen, to be admired, to be praised.

As I mentioned earlier, the path of the Buddha begins by stepping back from oneself, by refusing to place oneself at the center.

For me, attracting public attention or promoting my books belongs outside my responsibility as the keeper of this river.

Such things may well have their own value in the world. I do not deny that.

They simply do not belong to the work that has been entrusted to me.


The river does not concern itself with how it is treated.

It can only continue to flow.

Whether someone drinks from the river, what they experience there, whether they find healing, whether they find nothing at all, or whether they pass by without even noticing it—

all of that belongs to each individual traveler and to the journey of their own life.


My hope goes only this far:

That there is a river where thirst may be quenched.

That it is here.
Nothing more.

My work is to create each book with all the care and strength I can give, and then to release it into the world.

After that, it belongs to you.
It belongs to your life.


A river remains a river.
It simply continues to flow.


As long as I am able, I will continue protecting this clear river.

Perhaps I will one day dig another small channel.

And I will continue doing everything I can to ensure that the water never ceases to flow, and that it is never polluted.

My only wish is that, if you find this river, you will choose with your own hands to lift its water to your lips and allow it to ease your thirst.

With that wish alone, I will devote myself to protecting the clarity of its flow.


To all my readers—

Please cherish the river that is yours.

How you use its water is entrusted entirely to your own will and your own conscience.

May your healing and happiness continue to grow.

That is the wish of the river.

 


In short:
If my time can help bring "water” to someone who truly needs it — someone facing hardship — I will gladly give my time.

But I will not spend it to sell myself, or to satisfy someone else’s worldly desires.

 

August 2026

Ryushun Kusanagi


 

海の向こうの読者のみなさんへ

私の作品が海外で紹介されるようになって、さまざまなコミュニティやオンラインのプラットフォームから、本の紹介、いや正確には宣伝をしませんかというお誘いをいただくことがあります。欧米では普通のことなのだそうですね。

私の作品に関心を持っていただけることは、ありがたく思います。

また、本をめぐるコミュニティやプラットフォームを築いてきた、その努力と、社会への貢献にも、心から敬意を表します。

と同時に、こうした声を聞くたびに、私は、仏教徒としての自戒の念とともに、こう自身に問いかけます。

自分にとって、著者としての仕事とは何だろうか?


私にとって、作品を送り出すことは、人の注目を集めるため、より多くの人に知られるためのものではありません。

仏教というのは、つねに「おのれを引いて(自分を中心に置かずに)考えよ」という前提に立つ思想です。

おのれを引いた後に何が残るか――それを「澄んだ水」と比喩的に表現することにします。

澄んだ水とは、渇いた人たちにとっての癒しとなるものです。

この世界には、渇いた人たちがたくさんその長い旅路を歩いているから、せめてそうした旅人に、澄んだ水を飲んでもらおうと願う。

その願いのもとに、きれいな水が流れる川を引いた――。

その川が、私の著作だと思ってもらえたら、ありがたく思います。


川、つまり私の作品は、ことさらに売ろうとか、より多くの人に見つけてもらおうという動機を持っていません。

そうではなく、渇いた人に確実に届くように、そしてその渇きを癒せるように、

なるべく清浄な水を流し続けたい――その一心で、溝を堀り、水を引き、さらさらと流れる澄明な水を見守り続ける。

それが、私の役割だと理解しています。


水を発見したのは、ブッダです。

水はそこにある。目の前にある。だが手を伸ばさねば届かない。みずから口元に運ばねば、飲むことはできない。

そうした水が、ブッダがダンマと呼んだものです。みずから求め、汚すことなく口に含めば、必ず心が癒される――そうした存在のことです。

水は、私のものではなく、私が作ったものでもありません。

私はいわば、新しい水路を掘る人です。時代を越え、言葉も文化も生活も違う、それでも心渇いたまま生きている現代の人たちに、澄んだ水が届くようにと願いながら水路を掘り、水を引き、その水が汚れないようにと気を配りながら、川を守る人間です。


私にとって、本は、一本の小さな澄んだ川のようなものです。

水を引いて、澄んだ流れを維持することが、私の役割です。

誰かに水を飲んでごらんと大声を上げることはありません。

川がある場所を多くの人に知ってもらいたいと欲を張ることもありません。


ただ純粋に、汚されないように、つまり誤解されないように、間違った目的のために利用されないように、

どこまでも、川が川としてあり続けるために力を尽くす。それが、私という人間の仕事です。


ひっそりと、静かに、人目につかないところに、この川は流れています。

川を求めていない人たちも大勢います。それでいいのです。

けれどどこかで、誰かが疲れ果てているかもしれない。

誰かが癒しを探しているかもしれない。

重すぎる荷物を背負って歩けなくなりつつある人もいるかもしれない。

そんな人がもしこの川を見つけたなら、ふと足を止めて、両手で一杯の水をすくって渇きを癒し、生きる希望を取り戻せるかもしれない――。

その小さな願いだけで、私には十分なのです。


だから、作品は作りますが、自分のことをもっと知ってもらおうとか、さらなる利益や名声を得ようとか、

いわば、この世界において価値があるとされるものに、私は価値を見ないのです。


それは今も同じです。


私の務めは、澄んだ川の流れを守ること。

つまり、人々にとって価値ある作品を、ブッダの智慧を現代の人たちに役立つ言葉に置き換えて、伝えることのみです。

そこまでが、私の仕事。私の作家としての責任です。


私が求めることは、本の内容が正しく理解されること。


理解してもらうための努力はします。

しかし注目されるための努力はしません。そうした領域に踏み込んでしまうと、途端に「自分を見て、自分を褒めて」というあり方に変容してしまうからです。

しかし最初にお伝えした通り、私がよって立つブッダの道は、「まずは自分を引いて考える」ことから始まるのです。

私にとって、世の人々に注目されたり、本を宣伝したりということは、川を守る人間としての務めの外にあります。

そうしたことも、世の中では大事なことの一つかもしれませんが、

ただ単純に、私が引き受けるべき仕事・活動の中には含まれていないのです。


川は、どのように扱われるかに関心を向けることがありません。流れ続けることしかできません。

川の水を飲んで、何を感じるか。癒されたか、そうでもなかったか、何も感じなかったか、見えなかったか、

すべては、それぞれの人生を旅する一人一人次第です。


私の思いは、

渇きを癒せる水が流れる川がある

ここにあるよ――

というところまでです。


つまりは、本を精一杯の力で創り上げて、世に送り出すまで。

あとは、読者のみなさんの領域であり、人生です。


川は川のまま。

ただ、流れ続けるだけなのです。


私はこれからも、澄んだ川を守り続けることでしょう。

新しい小さな川を引くこともできるかもしれません。

そして、川の流れを絶やさぬように、汚されぬように、精一杯に自分の務めを果たします。


願うことは、あなたが川を見つけてくれること、そしてみずから口元に運んで、その渇きを癒してくれることです。

そのことだけを願って、私は本という川の流れを守り続けます。


読者のみなさんへ――どうかあなたにとっての川を大切に。

どのように川を使うかは、あなたの意志と良心に委ねられています。

願わくば、あなた1人分の癒しが、幸せが、この先も育ちますように。


川の願いです。


つまりは:

本当に必要としている人、つまり困難に直面している人に”水”を届けるためなら、自分の時間を使います。

自分を売るため、誰かの世俗的な欲の満足のためならば、使いません。 

 

 

2026年8月

草薙龍瞬 

撒いた種が実るのは

<おたよりから>

当然失敗も多く、私が得意だった自己否定が頭をよぎる機会はたくさんあるのですが、合言葉は「これも修行のうち」でなんとか乗り切っています。

学校時代は、「大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ」を聴いて乗り越えました。(書籍はもちろん持っていますが、行き帰りや家事をしながら聴くことがほとんどです)

今は「反応しない練習」と「これも修行のうち」を毎日聴いています。とくに「これも修行のうち」は新しい仕事を始めている私の心境にぴったりで、私に向けてお話しして下さってるように妄想してしまうほどです。

仕事内容は自分に合っていると思います。失敗はありますが、感謝されたり認められることもあり、自分の納得の道を歩んでいると感じます。

そして、こうやって仕事に揉まれながらも心は振り回されず、経験を積んでいくことが、私の1番の快なのかと思います。


<興道の里から>

撒いた種が実るのは、数年以上続けた後なので、収穫(出費より収入、負担より喜びのほうが増えていくこと)はしばらく後なのかもしれませんね。

着実に技(こういう場面ではこう対応する)を身に着けていけば、次第にラクに成果が出せるようになると思います。

続けるほど楽になっていく、実りは大きくなるというのは、間違いのない、自分らしい道を歩いている時に起こります。


とある方が送ってくださった写真
岐阜のとある場所 ちゃんと幸せを見ているではありませんか



2026年8月初旬


夏の寺子屋

 

予期しない出会いから始まった、中学生向けの夏の寺子屋。

第1クールは7月22日から3日間。8月に第2~第4クールを開催。

午前9時から12時までの3時間。本人たちの希望で、英数国の3科目。

英語と国語は一緒に授業。数学は一冊の教材から、自分のやりたいところを進めていくことに。

◇

数学は、やみくもに問題を解くのではなく、問題に示された条件を数式・記号で表現して、それを使って計算して、答えを出していく。

条件を数的に表現するためには、読解力が必要。だからやっぱり国語力が大事になる。

問題を見た時に、「問題文にこうあるから、この3つの条件を数式化する」「段取りとしては、これをやって、次にこれをやって、さらにこれをやると、答えが出る」という段取りを考えたら、あとは計算すれば答えが出せる。

「段取り」を見失うから、自分が何をやっているのかが途中でわからなくなる。迷路に入ってしまう。

問題を解いた後は、答え合わせで終わるのではなく、「この問題から何を得たか」「どんな解き方・考え方を手に入れたか」を、きちんと確かめる。

◇

私自身、小・中の間は、数学はちんぷんかんぷんだった。「木を見て森を見ず」――つまり段取り・構成を最初に掴むという発想を知らなかった。

さらには、方程式とは、関数とは、といった「定義」がものすごく大事ということも知らなかった。

数学は、定義づけの積み重ねて構築していく体系だ。だが定義はつねに抽象的。一見、読んでもピンと来ない。だから飛ばして、いきなり我流で問題を解こうとしてしまう。

本当は、定義といった抽象的な記号・命題と、問題を解いて使い方を理解すること計算すること、つまり具体的な思考とは、セットでないと、数学は分からない。

小学生の算数の延長で、具体的な計算だけで解こうとすると、必ず壁にぶち当たる。国語の問題が、小説などの具体的描写から、次第に観念・概念の構築物へと抽象度が上がっていくように、数学も具体から抽象へと、思考の質が変わっていくのだ。

その、具体から抽象へという境目をつなぐのが、「定義」なのだけど、これを飛ばしがち(先生も説明しない)。だから途端に苦手になる。あとはチンプンカンプン笑。

抽象的な定義や解き方は、本の隅っこに小さく書いてあったりする。生徒は見落としてしまう。そのあたりを拾って、もっとわかりやすい「要するに」に置き換えて、そのわかりやすくなった考え方・解き方を、赤字で本に書き込んでもらう。

そうやって、問題を解くたびに、「解き方・考え方」という抽象的な思考を仕入れていく。

数学もまたやり方を間違えなければ、つまり手順を飛ばさなければ、必ずできるようになる(必ずと言っていいかは若干ためらいもあるけれど笑)。

◇

3時間、スキのない授業ができた印象。スキがないというのは、「何をすればいいかまったくわからない時間がなかった」ということ。どんな手作業をするかを、すべて言語化する。実際にやってもらう。一人ずつ見て回って、自分が何をしているのかを聞いて確認する。「今何をしているか、わかってる?」「うん」「じゃ、説明してみて」。

分かっていない時は、言葉が止まってしまうので、こちらで翻訳し直したわかりやすい言葉を、本に書き込んでもらう。で再び解き直す。

英・数・国と、スキのない時間を重ねて、お昼に。こういう濃密な時間を積み重ねていけば、確実に伸びる。

◇

子供たちが来ると、急に夏らしくなることを発見した。

歳を重ねると、夏はただの暑い季節になってしまう。外に出ると「暑い、暑い」とこぼし、「熱中症にご用心」とか「夏と冬は高齢者が亡くなりやすい季節だ」 「こんなに温暖化が進めば人類は滅びてしまう」とといった野暮な妄想ばかりをしがちだが、

小中学生にとっては、夏は夏だ。熱中症はたしかに要注意ではあるけれど、ある程度の気力・体力が自然に備わっている。だから暑いといいながらも、日差しの中を自転車で通えてしまう。


中学生の目に見える夏の空は、大人が見るものとは、まったく違うのだろう。

夏の空があり、手つかずの未来があり、広い未来がまだ茫漠たる状態のまま残っているからこそ、安心して今を過ごせる。今を生きることができる。

そうだ、夏ってこんな季節だった。

暑いとはいえ、何かが始まるぞ、何をしようか、夏休みだ、時間はたっぷりある――そういう季節だ。

子供たちが来るようになって、私の夏も始まった。懐かしい、あの夏だ。

差し入れてもらったスイカ
冷たく甘くみずみずしい極上の味でした



【おしらせ】 東京・9月の坐禅会&個人相談会

興道の里から

7月26日・30日の夏の国語キャンプ(千葉県)、まもなく開催です!

きたる9月の連休に東京での坐禅会を開催します。

あわせて個人相談会も行います。

ご希望の方は、公式カレンダーで詳細をご確認のうえ、必要事項をご連絡ください:

◇◇◇◇◇◇◇
2026年
9月19日(土)
18時~21時30分
坐禅会

<内容>
快適な毎日を過ごすには、心の汚れを落とすこと。お寺では学べない坐禅(瞑想)の秘密(アタマの中で何をするか?)を学べる坐禅会。坐禅・瞑想の実践となんでも聞けるゆるめの座談会の2本立て。初参加者には解説ガイドブックつき。

<会場> 東京 ※会場はご予約時におしらせします
 

◇◇◇◇◇◇◇  
9月21日(月祝)
午後・夜間  
個人相談会 

一人では答えを出せない課題・悩みを抱えている方で、代表・草薙龍瞬への相談をご希望の方に、個人相談の時間を設けます。

<対象> 十代から社会人・シニアまで。仕事、家族、今後の生き方、進路・進学・就職・勉強等をめぐるストレスや悩みなど。

<時間枠>
午後の部 
➀13:00~13:45 
②13:50~14:35 
③14:40~15:25 
④15:30~16:15
⑤16:20~17:05
夜間の部
⑥18:00~18:45 
⑦18:50~19:35 
⑧19:40~20:25 
⑨20:30~21:15 
⑩21:20~22:05(※予備枠)

自分一人では解決できない課題・悩みも多く存在しますので、この機会を積極的にご活用ください。

いずれも、詳しくは、公式サイト内のカレンダーをご覧ください。

 

2026年7月23日 

『反応しない練習』Amazon audible

<おたよりから>
Amazon audible で『反応しない練習』の購入を考えています。

2冊あり、違いを教えて頂けましたら幸いです。改訂版ということであれば新しい方がおすすめでしょうか?


<著者から>

『反応しない練習』のオーディブル1冊目は、声優さんが朗読したバージョンです。著者・草薙龍瞬からの特別メッセージつきです。

その後に著者の朗読で行こう!という企画があがって、

『反応しない練習』【著者朗読版】
『これも修行のうち。』【著者朗読版】
『大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ』【著者朗読版】
『怒る技法』【著者朗読版】

そして、Amazonポッドキャスト『出家な生き方、始めませんか』3部作に続きます。

声優版と著者朗読版   お好みに応じてお選びください^^。
 

ちなみに、『こころを洗う技術』SBクリエイティブ は、初版そして重版以降(紙と電子書籍)とで、内容が違っているというこれもレアケースです。

重版がかかった時に、著者の方でページ位置の変更が生じないように注意しつつ、半分くらい(?)文章を書き換えたのです(読者のみんなに届くかどうかについては、凄まじく執着してしまうのです笑)。

だから、初版を紙で買った → その後に電子書籍も買った 人は、本には新しい内容が半分くらい入っているので、「1.5倍」はお得かもしれないという不思議なことになっています。

「どうせ聴くなら、文章を書いた本人の声で」と思う人は、著者朗読版をお求めください。

電車の中や運転中に聴いてくださっている人も多いようです。ありがとうございます。




著者朗読版.jpg

◇

なお、ポッドキャストの『反応しない練習エクストラ 出家な生き方、始めませんか?』は、台本なしの著者トークです。もともとサービス精神旺盛なタイプなので、つい語らなくていいことまで語って、あとで後悔=妄想するということを繰り返しつつスタジオで収録した作品です。

今に至るまでの長い道のり・体験談を語っている(喋りすぎてしまっている)ので、本の理解を深めてくれるかもしれません(こういう体験があったから、こういう本が生まれたのか的な)。

興味ありましたら、ぜひ聴いてみてください。


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こちらは『反応しない練習』ドイツ版 刊行後半年経過後も、シュピーゲル(全国書籍売上)総合4位だそうです。

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こちらは袖裏 やはり本人は隠れているほうがいいかもしれません。読者のイメージを壊さないように(笑)



2026年7月


学歴には意味はない、けれど

まずは立ってしまっていい前提(前提というのは、自分で選ぶものだ)―― 

学歴という言葉が、偏差値や入試の難易度で測られる学校歴という意味だとしたら、意味がない。それは観念でしかないから。


人は結局、自分の力で生きていける大人になることが、目標であって、

その次に価値があるのは、世の幸福を増やこと(喜び・快適さを増やすか、苦しみを減らすこと)。

こうした目標が「実質」(中味がある目標)であって、これを基準とすれば、偏差値が高い・低い、入ることが易しい・難しいという意味での、学校名や学歴というのは、実質とは関係がないという点で、意味がない。

中味のない観念をもって、優等生を気取ったり、コンプレックスを感じたりというのは、妄想にとらわれているだけ。意味ない。

 

ただし、観念でしかない学歴であっても、何を体験したかという点では、意味を持つこともある。

一般論として、何かをめざす場合には、

「いったい何をすれば、手に入れることができるか」を考えることになる。方法を探る。

方法というのは、いつ、どこで、だれから、何を使って、どんなやり方で進めるのかということ。

特定の大学・高校をめざすなら、いったい何を(どの科目およびどんな素材)を、どのように進めていけばいいのかを考える。

考えるというのは、我流で考えることではない。第一に調べること、聞くことだ。


世の中には、自分以上に体験している人、知的能力(理解力・思考力)がある人、行動力がある人、体力がある人、意志が強い人が大勢いる。

そうした人たちが日々どんな努力をしているのか、アタマの中で何を考えているのか、日々体験することから何を得ているのかは、他の人にとってはブラックボックス(未知の領域)。

だからこそ、そうした人から学べる機会があれば、最大限の注意をもって聞いて、理解して、自分も行動に移すことになる。

それが、目標をめざして考えるということ。


これは、別の言い方をすれば、

自分の思い込みにとらわれず、謙虚に耳を澄ませること。虚心坦懐にともいう。想像力を働かせてともいう。

この時に、自分の思い(思い込み)、こだわり、好き嫌いでいちいち反応していたら、学べなくなる。


えてして、

プライドが高かったり、

世界の広さを知らなかったり、

逃げの言いわけに慣れてしまっていたりすると、

自分の小ささ(限界)を自覚しないまま、我流で取捨選択するようになる。小さなことに反発したり落ち込んだりと負の感情に呑まれるようにもなる。

結果的に、小さな自分が残って、前に進めない。そういうことが、よく起こる。


学ぶというのは、とても難しいことなのだ。自分の器の大きさに左右されるから。

器の大きさとは、自我のなさ(少なさ)と置き換えることもできる。

自意識・こだわりが希薄であること。

過剰な反応をしないこと。 

無意味なプライドにこだわらないこと。

「これはこうではないか」「これは違う」といちいち判断しないこと。

うまくいったと思えることがあっても、調子に乗らないこと。

 

結果的に、なんでも素直に、はい、わかりました、やってみます、というだけの反応になっていく。「理解するだけ」になる。

あとは、自分がどれだけ頑張れるかだ。つまり自分が学んだ方法をどれだけ実践できるかという領域に入っていく。

洗練された正しい方法は、たしかにある。結果を出す人、目標を確実に達成する人というのは、そうした方法を知っている。学ぶことに長けている。

 

だがその一方で、学べない人もいる。たいていは、自意識が邪魔するときだ。

自意識とは、厄介な心のクセだ。承認欲をこじらせて、今の小さな自分を基準として、物事を判断するようになった心の状態。

勝利を積み重ねて、プライドという名の妄想を肥大させた姿も、そのひとつだし、

失敗を重ねて、「どうせ自分なんて」という自己否定を固めていった状態も、そのひとつ。


プライドもコンプレックスも、根っこは同じ。承認欲。
 

だが、承認欲が作り出した妄想の中身は違う。前者(プライド)は自分に都合がいい妄想。後者(自己否定)は自分をかばうための妄想だ。

自分をかばう妄想というのは、けっこう複雑で厄介だ。都合が悪いことが起こると、今の自分を守るために、誰かのせいにする。運が悪かった、病気がちだった、人に叱られた・・と外に原因を求めようとする。

あるいは、「きっとこうすればいいのだ」と、自分の思いつきに飛びついて、正しい方法を学べなくなる。

すぐ逃げたり、都合のいい妄想に流れたり。人に向けてはやっかみや鬱屈(相手に向けられない怒り)を抱えて、「どうせ自分なんて」と自分を正当化する理由を探して、自己防衛を図る。

こうした親のそばで育った子供は、親の自己否定を刷り込まれると同時に、「そんなことないよ」とかばう役割を背負わされ、親のご機嫌をうかがう臆病な性格になっていくこともある。

◇

学歴そのものに意味があるわけではないが、

①ひとつの目標をめざして、②正しい方法を素直に学び、③どれだけ行動に移せるか 

をもって、自分がその分野においてどれだけ努力できるか を測る機会にはなる。

もし、ひとつの目標に向かって真っ直ぐに進めなかった、

方法を学べなかった、

行動に移せなかった(継続できなかった、集中できなかった、体力が続かなかったetc.)、

というなら、

どの分野ににおいて自分は努力できたか、できなかったかを確認できる。

努力できなかったと確認できたなら、その点については納得することだ。「自分には無理だった」と。

別に負い目を引きずる必要はない。結局は、自分の力で生きていければいいのだから。


◇

こうしたことを考えてみると、学歴そのものは、最終的に意味がない――入ってもただの観念であり、落ちても自分の人生に関係ない――のだけれど、

それでも自分が、ひとつの目標に向かって何ができるかを体験する機会にはなる。

そして、自分にはできないことが、こんなにできる人がいる。彼らは知っている、努力できる、行動に移せる。理解力もあるし、記憶力もあるし、意志の力も強く、体力もある。

 

ならば、やはり世界は広い――ということになる。

そうした世界の広さと、等身大(現実)の自分を知って、

小さなプライドにとらわれず、人に敬意を払い、自分にできるかぎりの努力をし、

自分にできなかったことができ、自分にないものを持っている人に対して素直に称賛できる大人になれるのなら、

ひとつの目標をめざした結果がどのようなものであれ、「めざした価値はあった」ということになる。

◇


建前に聞こえるかもしれないけれど、こうした筋の通った思考を、建前ではなく、貫くことが、本当の教育ではないかと思う。

つまり、成績を上げるとか、どの高校・大学をめざすとか、そんなことは、子供の選択に任せればよく、

ただ、本人がひとつの目標をめざすというなら、正しい方法を提示し、実際にどう行動に移すかも示して、

あとはその道の途中で、何を、どのように、どれだけできたかを客観的に観察して、

本人にとってプラスの価値をちゃんと言語化してみせることだ。



正しい方法と努力には、意志と、素直さ(理解力)と、行動力と、体力とが必要だ。

結果そのものは、運(めぐりあわせ)によって左右される不確実なところもあるが、

意志と素直さと行動力と体力とは、自分の中に備わるもの、育まれるものだ。そして本人を作り、人生を作っていく。

こうした要素(資質といってもいい)を育てるきっかけになるのになら、勉強・受験も意味がある。


教える側としては、学力や成績という観念ではなく、

正しい方法(学び方)と、心のあり方とを伝えて、

本人の努力を観察して、褒めるべきは褒め、「足りない」ところは「足りない」と伝える。


そうしたやり取りの中で、「将来、自分の力で生きていく」ための能力・資質を育てていけるなら、

特定の大学・高校をめざして勉強することにも、意味がある。


教えることも、学ぶことも、本来はシンプルなものだという思いが湧いてくる。



旅する寺子屋 千葉県野田市を訪問

興道の里から

2026年度夏の旅する寺子屋・国語キャンプ

ひきつづき訪問地を募集しています

関東は千葉県野田市・柏市 きたる7月26日および30日

チラシができましたので、参加ご希望の方は興道の里までご連絡ください:
 
※お名前とお子様の学年および当日の参加希望人数をお知らせください。
※大人の参加は小5から中3までの子供をお持ちの保護者に限ります。
 
※お願い インターネットで見つけて初めてご連絡いただく方は、自己紹介(ご家庭の状況・お仕事・お子様の学年・学習状況など)をお知らせください。
 
welcome@koudounosato.com  まで


・・・・・・・・・・・・・・・

言葉に出会うと毎日がもっと楽しくなる!
夏休み国語キャンプ

国語の1日寺子屋(教室)
をひらきます!

勉強っぽくない“ゆる系”の授業

面白くてチカラがつく文章を
使って、読み方・解き方を
わかりやすく授業します

参加無料!

小5から中3まで
友だち・家族と一緒もOK

話題なんでもありの座談会つき
筆記具だけ持ってきてください


7月26日(日)
午後1時から4時半

7月30日(木)
午後1時から4時半

※会場はご連絡いただいた方に個別にお知らせします(千葉県野田市・柏市)
 

*いずれかの日にご参加ください 構成は同じ:
ゆる系のおしゃべり ⇨ 国語キャンプ ⇨ 話題なんでもありの座談会
*スマホ・ゲームは電源オフ(なるべく保護者がお預かりください)
*高校生の勉強・進路相談も可(キャンプ終了後に対応します)

                    
プロフィール
僧侶・著述家 本名 草薙 龍瞬 くさなぎりゅうしゅん

東京大学法学部卒業後、30代半ばでお坊さんに。著書『反応しない練習』KADOKAWAは50万部超のベストセラー。毎年夏に“旅する寺子屋”を主催。教え上手の明るい性格。厳選したイイ言葉(国語教材)を手に日本全国を旅している。





親にできること、しなければならないこと


親の務めとは何だろう?

間違いのない根本を整理していこう。

まずは、子どもの人生を後ろから見守ること。

子供が幼い頃であれば、なるべく同じ視線、同じ位置に立って、子供と同じものを見よう、体験しようと心がけること。

もちろん外に対しては親が守る側であり、また子供が幼いほど子供が先に回って受け止めてあげることも必要なのだけれど、

それは子供が成長するにつれて必要がなくなっていく。

子供が大人になっても親として通用するあり方というのは、やはり後ろに立って見守ることであり、同じ位置に立って楽しむことであり、ときに背中を押してあげることだ。

いずれにしても、後ろに立つことが根本になる。

子どもの未来(可能性)を信じるという選択も、後ろに回れば可能になる。「大丈夫、なんとかなる、できる」と。

その時は親も未来を見ているから、自分の物事して一緒に頑張ろうとも思える。親の側にも、子どもの未来を信じようという熱量が出てくる。

◇

難しくなるのは、子供が「歩かなくなった」時だ。

勉強につまずいたとか、学校に行かなくなったとか、ゲームやネットに依存して時間を溶かし始めたとか。

この時期が難しいのは、親の言葉(叱咤・説教)が通用しなくなるからだ。体も大きくなって、体力的にも通用しなくなってくる。

そのうえ理屈も言えるようになる。子供の側の打算計算、ずるさ、甘さ、逃げ、弱さというものを、子供は正当化できるようになる。正当化しようとする。

たとえば「こうなったのは親のせいだ」とか「どうせ学校に行っても勉強ができない」とか、先生が嫌い、友だちが嫌いなどと、あらゆる自己正当化の理屈を繰り出してくることがある。

こうした時、親としては単純に「言っている言葉の意味はわかる」(といったん聞いている姿勢を示す)が、

「そんなことを言っても始まらない」と返すだけでいいのだ。

そうやって返すことで、これは子供自身の選択の問題なのだという状況に戻す。

親はあくまで後ろに回って、一時的に子供であるその人の自立を後押しするだけの役目だから、

「これはおまえ(自分自身)の問題なんだよ」という立場は、どんな状況であれ崩してはいけない。

子供によっては「死ぬしかない」なんて言葉を言うこともある(流行っているらしい。どこで聞いてきたのか知らないが)。

見きわめなければならないことは、その言葉が、学校でのいじめやなにか外の世界で苦しめられて出てきているのか、

単純に親をコントロールするために、脅しとして、あるいは別の利益を引き出すエサとして言っているかだ。

冷静に考えてみると、ある程度自立した子供であれば、外の世界で起きていることをあまり親に語ろうとしないものだ。親に心配かけたくないとか、言ってもわかってもらえないだろうと考えて、口をつぐむことが少なくない。

「死ぬしかない」という言葉を簡単に言ってしまえる時点で、もしかしたら甘えや逃げが潜んでいるかもしれないということだ。怠惰と遊びに流されて、そうした自分を正当化するため、親からお金や食べものを引き出すために、さながら銀行の暗証番号のように「死ぬしかない」と言っているかもしれないのだ。

「死ぬしかない」などという言葉は、そもそも言うことがおかしい、言っては絶対にいけない言葉の一つなのだ。だから親は、こう伝えることになるだろう。真顔でだ。

「本当に死ぬしかないようなことが外で起きているなら、伝えてほしい。親として全力で守るから」

(あるのかないのかを確かめる)

「もし口先だけで言ったのなら、二度と言うな。おまえがいなくなることで周りの人間がどれほど傷つくか。どれほど卑怯な言葉か、わからないのか?」

安易に死ぬと言うこと自体が、親をバカにすることになる。こうした言葉をたやすく語っている様子が見えたら、真剣に怒って見せないといけない。本当は許してはいけない言葉だ。「人を殺す」も「自分を殺す」も同じことだ。

◇

子供が親から学べる最大のことは、自分がこう言えば、これをやれば、親はこう反応してくるということを体験することだ。

親の反応を見て、これを言えば、やれば怒ってくる、悲しむ、傷つくということを体験する。そうした体験が子供の人格を作る。

心はラクをしたがるものだ。ずる賢いし弱いし醜い。抜け出す努力よりも、そんな状態を正当化することを心は選びたがる。ラクだから。

ラクしている自分を正当化するために、いろんなことを言うし、やってくるだろう。

その時に親がどう反応するかで、その先が決まる。

親がただアタフタとあわてたり、はぐらかしたり、子供の機嫌をうかがったり、子供の要求を受け入れて言われるがままに行動したりすれば、

子供は、自分の甘えたっぷりの理屈がそのまま通用することを体験してしまう。「なんだ、こう言えば、これをやってみせれば、この人は簡単に言うことを聞くのだ」と学習してしまうのだ。

こうなると、子供にとって「家の中に自分しかいない」状態になる。親・他者がいなくなる。自分の甘え、わがまま、弱さ、逃げ、打算計算だけが残る。そうして閉じこもり始める。親がいても自閉するのだ。自分の都合しか見えなくなる。

みずからの心に振り回され始めた子供に、親はどう向き合うか。反応して見せないといけない。きちんと子供の後ろに立つという根本を守ったうえでの反応だ。

◇

こうした親と子の葛藤(心理的衝突とでも呼べる関係性)が最も出てくるのが、子供が13歳頃から15歳くらいの間。この期間は、いわば子供にとっても、親にとっても「嵐」の中にいるようなものだ。

子供は自分のことがわからない。急速に肥大し始めた自意識と肉体の成長に翻弄され始める。

親としても、制御しきれなくなった子供を持て余す、というか、ただ困惑するしかなくなってくる。

だが生き物としてみれば、この時期の混乱はやがて収まってくる。結局、「後ろから見守る」という立場を崩す必要はない。「いずれ落ち着く」という前提で「耐える(待つ)」ことになる。

ただし、この期間中にどんな衝突が起ころうとも、子供の甘えや逃げや駆け引き(計算)に翻弄されることはあってはいけない。

子供がみずからの成長過程で巻き込まれる「嵐」の外に出て、その先にまもなく来る子供の自立に準備する必要がある。

衝突については、嵐の外に出ること。

休みについては、十分に休ませつつも、近い将来の自立を見すえて待機しておくこと。

休みについて――学校のいじめ、初めて体験する人間関係ゆえの苦痛、受験・勉強のつまずきその他で、子供に休息が必要な時期はある。

それは必要な回復期間だから、休ませてあげることだ。休むべき時はしっかり休む。まずは1か月、3か月、半年、1年・・・2年くらいは、休む必要がある子供もいなくはない。このあたりは「経過観察」していくことになる。ちゃんと休めているかを見守ることになる。

この期間中に親が焦ると回復が遅れることがある。親が期待や思惑をもって邪魔してしまうことで、子供に新たなストレスが生まれてしまうからだ。これでは休めない。

◇

とはいえ、いつまでも回復期間というのもおかしい。回復のプロセスにあるかどうかを見極める必要がある。

たとえば、
◯寝る時間はちゃんと寝る(寝るだけにする)。スマホやゲームを使わせない。
◯ご飯は決まった時間に食べる。部屋ではなく、家族がいるダイニングで(場所を変えることで生活にメリハリをつける)。
◯買いたいものあるなら自分で買いに行かせる(とにかく家だけに居続けることをヨシとしない)。
◯自分のことは自分でやらせる。親と子供の間に最低限の境界線を引く。
◯無制限にお金を渡さない。休むべき期間に過剰な遊びを持ち込みすぎない(動画やゲームなど。これらは依存につながりやすい)

といったことを守る。

新しい体験は外に行かないとなかなか手に入らない。体験こそが興味や意欲を刺激するから、体験すること自体は応援していい。

だから、外に出かけるならお小遣いを渡すという立場を選ぶ。目的を聞いて、渡す時は信頼して渡す。「楽しんでおいで」というくらいの気持ちで送り出す。

家にいるなら、寝る時間と食べ物は用意するが、それ以外のものは慎重に与えるという方針を立てる。ゲームや動画ならリビングで見るとか、決まった時刻が過ぎたらWiFiを遮断するとか(文句を言ってきたら、「だったらバイトして自分で買って」と突き放す)。

◇

タイムリミットを親の側で決めておくことも大切なことだ。休む時は休んでいいのだが、いつまでも休んでばかりはいられないという冷静な目も親の側で持っておくこと。

というのも休んだ心と体を回復させるには、相応の時間が必要になる。休んだ時間が長ければ長いほど、回復期間は必要になる。これは入院時のリハビリと同じ。

ある程度逆算して、いつからリハビリを始めるのかという作戦が必要になる。

中学・高校に当たる期間は、ある程度の自由(休み、遊び、逸脱)はアリだ。だが高校を出るくらいの年齢になれば、社会に出るための最初の入り口に立っておくほうがいい(さらに遅れることも事情次第ではありかと思うけれども、それでも「この時期にはこれくらいのところまで進んでおくべき」という目安はある)。

大学でも専門学校でもバイトでも就職でもいいのだけれど、高校を卒業するくらいの年齢には、家以外に居場所を見つける必要がある。自立への最終段階。親として後押しができる、いわば親の最後の務めだ。

仮にそれが大学進学であるとするなら、大学に進むための準備が必要になる。リハビリをして、準備を始めるというのは、心身アタマとも相当弱くなっているから、最初は大変だ。勉強といっても手がつかない。頭が回らない。だけれどそこでまた休みに入ったら、いつまでも回復できない。

「今が一番しんどい時期」ということを、親も子供もわかっておく必要がある。できれば家以外のどこかに通う、親以外の大人とか関わることが最善だ。

リハビリして、社会に出るための入口に立つには、やはり3年くらいの準備期間が必要かもしれない。まずは心と体の回復。頭を使うことに慣れる練習。基礎的な読む・書く・覚えるという作業を継続してやる訓練。これを1年くらい。

大学をめざすというなら、大学に行くための準備、いわゆる試験対策に2年くらいは残っているほうがいい。

2年のうちの1年は、受験に必要な範囲(科目)を一通り回す時期。できれば模試も受けてみて、失敗・試行錯誤を体験しておくほうがいい。

そして最後の1年は本気で頑張る。それまでの準備期間が1年、2年とあれば、最後の1年でかなり成長できる。

私が個人的に、中学生くらいの子供に「まだ焦らなくて大丈夫」と伝えるのは、こうした見通しがあるからだ。社会に出るための訓練(頭を鍛える練習)は、まだ後でなんとでもある。

つまり余裕を見て3年。前に進む(進学)という目標を達成するための準備期間として2年。

そこから逆算して、「今はどんな状況か」を見る。言い方を変えれば、「今この状況から2年または3年後に、社会への入り口に立っていることが必要になる」という発想を、親の側が持っている必要がある。

◇

「そろそろ準備を始めない?」という働きかけをすべき時期は来る。タイミング。

ここは、真面目に話をすることだ。「大事なことだから聞いてくれる?」と伝えること。

この先をどう生きていくか。

人間は必ず年を取る。子供も近いうちに一人で生きていくことになる。

今が親として何かができる最後の期間。

「この期間を過ぎたら、もう親は何もできないよ」と「宣告」することが必要になる。

いずれは子供を置いて、自分は離れていかねばならない。老いていく。ほぼ確実に親より先に死ぬ。そう伝えること。

そして子供が何を言ってこようが、どんな理屈で責めてこようが、

「言っている言葉の意味はわかるし、気持ちは受け止めるけれど、これはあなたの人生のことだから。あなたが自分の力でなんとかしないといけないことだから」

と言って突き放す。


いずれ、本当の勝負処はやってきます。

親としては、子供の自立への大きな地図を心の中に持っておいて、今どのあたりを歩いているのか、冷静に見守ることかと思います。
 
 
 
 
 

できることは残されている

 

かつて肉親であった人たちのこと、詳しくお聞かせいただきました。

◯親については、「それ以降会っていない」ということですから、すでに終わった人間です。もし今なお影響を受けているとしたら、自分自身の執着です。

本当は、妄想の残り滓だと割り切って、思い出さないくらいに遠い過去にしてしまうこと一択です。


なりたかった職業というのも、今となっては妄想に過ぎません。別の役割を果たしなさい、別の人生を生きなさいというメッセージなのです。

逃げグセなどの影響が残っていることは、よくあります。そうした「呪い」のような負の影響から全力で脱出することが、人生の第一の課題です。


いずれの親からの影響が強いかについては、

自分の執着がどちらの人間に対してより強いかによって決まります。

自分が覚えている人間の姿というのは、必ず影響を受けています(完全に忘れることが一番正しい方向性である所以=理由です)。

が、怒りであれ、わかり合いたいといった未練であれ、その人間を脳裏で追いかけているという状態そのものが、執着に当たるのです。

怒りといっても、もう「終わった」はずなのだから、それを引きずっているのは、自分自身の執着でしかありません。その執着を切除すれば、解決します。


喩えるなら、あなたは負の影響を受けて「風邪を引いている」状態なのかもしれません。

執着をすれば、伝播(感染)する。意味がありません。「意味がない」と自覚したところから、心に刷り込まれた負の影響との「闘い」が始まるのです。

人は気づかないうちに、親だった人間そのものになってしまっているものです。


抜け出すための努力だけを、どれだけ積み重ねるか。それだけが唯一、考える価値のあることです。


大抵の場合、「もっとまともな、マシな人生(を生きたかった)」というのは、貪欲、つまり都合の良い妄想だったりします。

正しい思考は、「本気で願うなら、まずは自分の足元を掘り起こせよ」ということになります。

人間はただでさえ欠落や弱さだらけなのだから、不満を感じた場合は、ほぼ百%の確率で、まだ自分の側でやっていないこと、まだできることがあるものです。

できることを数えれば百でも千でも見つかるだろうけど、それを追いかけるとまた都合の良い妄想(貪欲)になってしまうから、「まずは一つできることをやる」ことになります。小さなプラスを重ねて(増やして)いく。

まともな人生を生きようと願うなら、本当は、それしかないのです。


執着にとらわれた人(心の状態という意味ですが)は、とらわれた心を通して世界を見るから、出口が見えない。心が動かない。壊れているとも言えるし、固まっている、凍っているとも言えます。

ただ、それは執着にまみれた心を通してしか見えないから(ごく自然なこと)です。わかりますか? 

その心の中にある原因さえ取り除けば、壊れていたと感じていた心は治るし、動き出すものです。

「生まれ変わった」という実感は、単純に、心を支配していた過去などの執着がなくなった時に、自然な感想として出てくるものです。


仕事は変えてもいいのですが、心が変わらなければ、どこにいても、何をしても、感じることは同じままです。それは確か。

ただ、仕事をしない、何もしない、という選択は、正しい治療法(選択)にはなりません。原因は、仕事や外で出会う人たちではなく、自分の心の中にあるからです。


ひとつお勧めします。この手紙を読んだら、何も考えずに、理由を探さずに、財布だけ持って外に出てください(携帯は置いていくほうがよいです。財布は何か買いたくなったとき用w)。

「心の声に耳を貸さない」ことも、すごく大事な意味を持ちます。まずはいったん外を歩いてみること。

できるでしょうか。

 

 2025年6月

 

 

 親からの負の影響を脱出するには

 

 

 

「これまで何をして生きてきたのだろう」という人へ


おたよりありがとうございます。

全体に目を通した感想を最初にお伝えするなら、「十分に頑張ってきた(頑張らなくていいことまで頑張ってきた)ので、無理をする必要はありませんよ」というところになるかと思います。

生きるというのは、もともと単純素朴なものでよいのです。ただ働く、ただ生きる。それだけ。「事実としてとらえる(生きる)」ということかと思います。

人間以外の生き物は、おそらくそういう生き方をしています。命がかかっている過酷な環境にはあるけれども、悩んではいない。ただ生きる、ということを続けているだけです。

これは、一切の妄想から解放された仏教的な生き方とすごくよく似ています(違うのは、「仏教的な生き方」は、そうした「ただ生きる」を自覚的に選んでいるところです)。

◇

そうした生きるの基本線に照らしてみると、本来ならいくつか理解を掘り下げてほしい部分が出てきます。

ひとつは、やはり親の影響。どういう親から、どんな影響を受けて、今の自分にどんな心のクセがあるのか。いわゆる業を自覚する(言語化する)ことです。

言語化できれば、そうした心のクセが出てくるたびに、「また出てきた」と気づくことが可能になります。気づいたうえで、妄想を切って捨てる実践に入ります。実践というのは、事実確認(ラベリング)とか、間隔を意識するとか、つつしみに帰るといった仏教的方法の基本をやることです。

※『大丈夫、あのブッダも家族に悩んだ』筑摩書房


◇

幸福とは何かが分からないということについて――幸福が分からないというより、「生きている実感がない」ということです。生きている実感を体験することが、めざすべきことです。

それには、業(心のクセ)を自覚し、妄想から抜ける実践をすることです。

つまりは、考えるよりもまずは外に出るということ。どこでもいいので「向かってみる(出かけてみる)」こと。『反応しない練習』の中では歩くだけ歩こうという話が出てきます。あのあたりの話です。

幸福というのは、本来は「ただ生きる」時間そのものを言うのです。何もしていなくても、考えなければ(妄想しなければ)その時間を幸福と表現することは可能です。というか、何もしない時間を当たり前のように過ごせることをめざすのです。

「それができないから悩んでいる」と思う人は多いと思いますが、今の自分の脳内言語(思考)の順序が真逆(あべこべ)になっていることに気づいてもらえたらと思います。

考えてもしようがないことは考えない。幸せという言葉で思考を組み立てることも、正しくない。

「幸福を感じられない」ということは、「生きている実感が持てない」という事実のことであり、そこには「心の動きを止めている原因がある」ということを理解して、「ならば本当の原因は何だろう?」と考えて、先ほど伝えた「実践」に戻る――。

それで、「考える」は完結です。それ以上に考えることは意味がありません。「これ以上考えるとしたら、それは妄想だ」と自覚する。そこまで(終了)です。
 

◇

今の仕事が苦痛でこれ以上無理だというなら、無理する必要はないように思います。「ただ生きる」という生命線(前提)さえ確保できれば、仕事というのはなんでもよいはずなので。

「働かないとする事がない」というのは、働く理由として立派(正しい)です。人間というのは一般論として、それほど中味はなかったりするもの(それが真実)です。空っぽ。そもそも「無我」。

だからこそ、何かをして埋めていくことになります。生きるために糧を得る必要がある、だから働くというのが正解だし、それとは別に「他にすることがない」から働くというのも、立派な理由です。それでいいのです。

「それでいい」と思えないのは、妄想するからです。まだ何かを求めている(期待している)のかもしれません。

それは何なのでしょう? 誰かを見返したいのか、誰かからの期待にいまだ応えようとしているのか、それとも刷り込まれた自分の中の承認欲が働いているのか――。

そういうものは「もういい(必要ない)」と思えるようになるまで、きちんと自分の心のクセ・アタマの中(思考)をしっかり見つめて、書き出して(言語化して)、客観化するのです。

ほとんどの時間を妄想に使っているから、後になって「何をやってきたのだろう」と思うのです。ほとんどの妄想は残らないから。残る妄想は決まりきったパターン(もう何度も繰り返してきているもの)でしかないからです。

◇

働き続けることは、正解です。場所・仕事内容は、なんでもいいのです。生きるため。あるいは、誰かの役に立つため。

役に立っているというのは、すごいこと(価値あること)なのですよ。それだけで人生を丸ごと肯定していいくらいの偉業です。

役に立てる限りは役に立って、それも難しくなったら、その時こそ自分のために、自分の時間だけを過ごす日々に入っていくのです。

生きるというのは、どんな段階にあっても価値がある、生きる意味があるものであって、それは仕事があってもなくても、身を引いた後でもまったく変わりません。不動です。

なぜなら、「ただ生きる」ということだけが、生きるという営みの本質(すべて)だからです。

だから、何歳になろうと、どんな状況にあろうと、生きること自体は肯定すべきもので、そのためにこそ無駄な妄想・負の妄想にとらわれないように心がけることが、「仏教的生き方」ということになります。

それはこれからもできるのではないでしょうか。


2026年6月


後悔しない選択を


人生の最終ゴールは、「これでよかった」「この人生が最良」と思えること。

それは完璧な人生を生きることではありません。生きることは不確実な出来事の連続だから、望まないことにも遭遇します。

望まない相手、たとえば人間や事故や病気にも出会います。

そのうえ自分自身もけっこう弱くて、危(あや)うかったりします。遭遇する出来事に過剰反応したり、引きずってしまったり、だらしなく過ごしてしまったり。

スイスイと順調に進むことのほうが少なくて、進み始めた途端に衝突したり故障したりと、まあほんとに「うまくいかない」ことのほうが多いものです。

生きるというのは、きっとこうしたつまずきや妨げに満ちているもの。ガラクタの中を進んでいくようなもので、進む自分もまた期待するほど上等ではなかったりします。不器用でどこか抜けてしまっているかのような。


◇

それが出発点だとして、ではどんな心がまえで日々を過ごせば、最も望ましい未来にたどり着けるかと言えば、それは、

後悔しない選択をする――ことのような気がします。

「あとで後悔しない」ような過ごし方をすること。

後になって、「あの時もっとやっておけばよかったな」とか「もっとできたはずだよな」と思わないように過ごすこと。

「今を正しく過ごせているか」を自分に訊くようにすること。

もしあまりいい時間の過ごし方ができていなくて、過去に遭遇した相手や出来事を引きずっていたり、弱い自分に流されていたりした時は、

「今の自分をこのまま続けていたら、どうなる?」と想像してみること。

正しく過ごせていない今をそのまま繰り返しても、やっぱりその未来には正しく過ごせていない今がやってくる。

しかもずっと正しく過ごせていない自分が続いているのだから、どこまで行っても、自信が持てない。胸を張れない。「これでいい」という納得にはたどり着けない。

だから、今の自分はいい状態じゃない、今を正しく過ごせていないと感じるなら、どこかで必ず「今を断ち切る」必要が出てきます。

断ち切って、やり直す。もう一度イチから始める――というのが、唯一の正解。

その一本の道筋を邪魔してくるものが、外で遭遇する出来事(人間も含む)と自分自身の弱さ。

これらのつまずきは、きっとこれからも続く。まったく邪魔されずに万事がスイスイ快調に進むということは、そもそもない。

だから人生は、「やり直す」と「遭遇したくない出来事」とのせめぎあい。

負けることもある。でもやり直す。

負けが混む(続く)こともある。でもやり直す。

それが、あとで後悔しない自分を作る。

「あとで後悔しない自分」と「やり直す」は、イコール。

「あとで後悔しないか?」と自分に訊いて、「このままでは後悔しそうだ」と感じたら、「もう一度やり直す(やり直そう)」と考える。

こうした考え方を続けることで、次第に人生という名の道はまっすぐになっていく。つまずきが減っていく。後で後悔しない未来に近づいていける。