絶対に失敗しないコツ


『ブッダを探して』の連載終了後に、新聞社宛そして興道の里に感想のおたよりが届くようになりました。

「壮絶な覚悟を感じた」というお声や、「疲れませんか」みたいなご心配を向けてくださる人もおられました。ありがとうございます。

そうかぁ、そう受け止めてくださっているんだなぁと少し新鮮に感じました。

 

考えてみたら、生きること・動くことをしんどいことだと感じていません。覚悟も疲労もなく・・自然に元気でいられています。

出家前までが苦しすぎたからかな・・とも思いましたが(『ブッダを探して』に書いた過去の体験が鍛えてくれたことは事実だろうと思います)、
 
なんでだろうと改めて考えてみると、今は、


「動く」ということが当たり前のこととして心に組み込まれているからかな、と感じました。

自分に動ける範囲で動く。思いついたことは「やってみる」。

結果的にかなり遠大な目標があるとしても、そこに飛びつくでもなく、また途中経過を人に見せたり認めてもらおうとすることなく(妄想ゾーンを広げず)、

とりあえずできることに手を着ける、ということを「やってみる」ように心ができているように感じます。

たとえば今回の連載のイラストは、「絵の勉強しよう」と思ってタブレットを買って、ちょこちょこいじってみるところからスタートして(十年ほど昔?)。

「やってみる」が重なって、結果的にできることが増えていて、

いざ連載のお話をいただいた頃に「できる」レベルに届いていた、という状況でした。




これから始める活動も、たぶんそういう展開になると思います。

まずは着想から。そして今できることをやってみる。

もともと仏教講座もそうでしたが、私の場合は、生活のためとか事業の成功とかそういう動機でやっていることは一つもなくて、

「一人でも求めてくる人がいるならば」という思いでやってきたことです。

一人でも足を運んでくるなら、それだけで自分にとって価値あることになります。

社会的には無に等しくても、自分の活動が誰に見つからなくても、自分の中で価値を感じられる。

だから、「やってみる」だけで、即自分にとっては「成功」というか「達成」になってしまうのです。

よく何かを成し遂げた人が、「とにかく続けること」を秘訣として語りますが、それに近いのかもしれません。

最初に自分にとっての価値が存在する――それはすごく小さい。なにしろ自分にとって「やってみようかな」と思える程度の思いでしかないから。

それを世間では「好き」(意欲)と表現するのでしょうが、私にとってはものすごく小さな「好き」。でもすぐ動くから、「好き」のエネルギー効率がものすごくいい。

で、やってみるときには「どうすればできるようになるのだろう?」という方法探求モードにすぐ切り替わるので、「できる」ことが増えていく。


失敗しないコツを整理してみると、

結果を求めずに、できることをやる。確実にやる。
動く。形にしてみる。
つねに方法を考える。

そのミニマムな動いたという事実が、いわゆる達成や成功を含む、望ましい未来につながっていくということなのかもしれません。




草薙龍瞬『消えない悩みのお片づけ』カバー.jpg
やりたい(小さな好き)→やろう(動く)→やってみた(体験)→できる(上達)というルートの解説が載っています




2026年3月