今思い浮かぶこと・・・個人的には、この四年間は、医療・看護倫理がかなり崩れた期間だったと思ってはいます――。
これは看護の世界に生きる人たちには伝えにくいことではあるのだけれど、
医療・看護が、助けを求めている人たちへの救いの手段であるはずが、いつのまにか患者や現場の看護師に過剰な負担を強いるようになっている現状もなくはなく。
たとえば感染予防策としてのワクチンの扱いについては、厚労省が認定する、mRNAワクチン接種後の後遺症・死亡事例が日を追うごとに増えているのは、事実。当然知っていますよね?
実習先の病院が、看護学生へのワクチン接種を「事実上」強制していたことも、過去にはありましたね。
新型コロナについて、今回のワクチンについて、何が正しい理解かは、これから議論していかねばならないことです。決めつけは倫理違反。これは、人の命を守るという普遍的な使命を担う医学の問題であって、「反〇〇」といった党派対立の問題ではないのです。
起きた事実を冷静に見つめて、いろんな可能性を考えること。「見解」(これが正しいに決まっている)という名の妄想に飛びつかずに、 「苦しみを増やさない」という医療の、いや社会全体の大原則、いわば約束を守り抜くこと。
しかし「苦しみを増やさない」という大原則に反する報道、政策、医療・看護のあり方が続いている印象が、個人的には強くあります。
多くの人が、自分が正しいと思う見解・意見の中に閉じこもるようになってしまった。異なる可能性、もっと他にあるかもしれない選択肢を考えなくなった――。
さまざまな見解に分かれるのは仕方ない。けれども、そうした多様な見解を、一定の視点をもって整理して、誰もが納得のいく「考え方の道筋」を示そうという態度が不可欠です。
特に医療・看護の専門家・プロフェッショナルには、そうした態度が期待されています。
案外、ベテランの看護師であっても、こうした現実や、看護の世界固有の問題が見えていないことは、少なくありません。
使命感が強くて頑張りすぎたり、忙しすぎて看護の世界を冷静に眺めることができなかったり・・・確かに偉いし尊敬できるのだけど、お人好しすぎるのでは?と思うこともなくはありません。患者目線の脱線ですが(^^;)。
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講義の中で皆さんにお伝えしていたのは、「患者目線で」レポートを評価しますよということ。晴れて卒業した皆さんに、私が患者目線で期待するのは、
まずは、現場で確実に人を救える技術と知識と経験を身に着けること。
(初歩を固めるのに3年、習熟に7年、主戦力になるのに10年? 一般論としてですが)。
そのうえで、看護が抱えるさまざまな問題を、正しく理解して、改善の方法を提言できる「新しい看護」を創れる人材になってくれること(時間はかかるし、難しい使命だけれど)。
苦しむ人を助けると同時に、自分自身も苦しみを越えて、
「納得のいく職業人生」――私は生涯をかけてこの仕事(看護)をやってきた、その人生に納得している、誇りに思う、生きてきた価値があったと思えること――
そこまでたどり着いてほしいな、と個人的には願っています。
そのためには、現実を正しく理解する技法が必要です。「ただ従う」ことが正しいとは限りません。
とはいえ「倫理的に間違っています」と言えるには、自分が相当なレベルのプロになる必要があるのだけど。
「本来の(=苦しみを増やさない)看護のあり方」を言語化して、
「倫理に反する」現場の慣行や人間関係に苦しめられない「強い看護師」になってもらえたら、と願っています。
強く、優しい看護師 をめざしてくださいね――というのが、患者目線からの希望です。
改めて
卒業、おめでとうございます
2024年3月下旬