歳を重ねて思うこと


歳を重ねて、行動範囲や交友関係が狭くなってくると、なんだか世の中、本当に大丈夫なのか、と心配になってきたりするものです。

聞こえてくるのは、悲惨な事件や事故、災難、病気や戦争、不祥事、そんな話題ばかり。

こういう醜悪な情報が耳に入ってきても心のバランスが取れるくらいに、仕事や家事に忙しくて、せいぜい世間の動向が、暇つぶしの話題レベルに留まっていればよいのですが、

自分の日常が一人静かで、特に新しい変化もなくなってきたら、なんだか世界は悲惨なことばかり、滅びに一直線に向かっている・・・ように思えてくるようになります。

ほんと、世界はいつまで続くのだろう・・・という不安、懸念。

人間は歳を取ると、そう思えるようになってきます。きっと多くの人が同じ。

動ける範囲が狭くなってくるぶん、外の世界の可能性も見えにくくなってくる。


だからこそ、自分以外の命のことを積極的に愛おしむことが大事になってくるのだろうと思います。

自分は老いつつあるけれども、若い人たちも生きている。
彼らには未来がある。未来を作っていく。

子供たちには、今と未来しか見えない。だからこそ動くし、考える。
自分には見えない未来が、彼らには見える。

だからこそ未来は彼らのもの。未来を創っていってもらう。

動物だって同じ。生まれた瞬間から未来しか見ていない。
植物も同じ。彼らも未来に向かって伸びていくことしか考えない。

生命というのは、みんな未来に向かっていく。未来を創っていってくれる。

そういう姿は、自分の周りにも、まだまだ溢れている。

そういう「未来」に気づける心でありたい。

自分自身については、できることをやって、働ける限りは働いて(それこそ70,80,90になっても働いている人はいる。働いている人のほうが元気だったりする。その可能性があるならチャレンジしたいと思う)、

もうほんとにムリということになったら、自分の範囲を小さくして、

その分、人でも動物でも植物でもいいから、「未来」に向かっている生命の姿を見つめて、

未来へと続いていくことこそがこの世界の本当の姿なんだ、という思いを新たにする。


そういう生き方でよいのではないか、と思っています。




2025・1・7